抄録
【はじめに】 歩行速度は,筋力,平衡機能,感覚入力,運動学習などの数多くの要因が複雑に関連しあって規定されている.先行研究において,歩行速度と下肢筋力,バランス能力との間には良好な関連を認めるとの報告がみられるが,下肢筋力とバランス能力がどのような関係性を持って歩行速度に寄与するのかには検討の余地がある.今回の研究では,歩行速度を規定する要因としての膝伸展筋力水準に着目し,バランスの要因がどのように歩行速度に関連するのかを調査・検討した.【方法】 対象は,整形外科疾患を有し,独歩での通院理学療法を施行している症例である.除外基準は,研究に対して同意が得られなかったもの,疼痛の急性期や中枢神経系疾患による動作の制限がみられる症例および,認知症などで指示の理解が困難な症例とした.上記の基準に照らし得られた対象者数は401名(男性67名,女性334名平均年齢71.1±9.6歳)であった.疾患の内訳は,重複例を含み変形性膝関節症,変形性股関節症等の下肢疾患が288名,腰部脊柱管狭窄症,胸・腰椎圧迫骨折等の胸腰部疾患が159名,肩関節周囲炎等の上肢疾患が19名,頸椎症などの頸椎疾患が15名であった.調査・測定項目は,年齢,10m最大最速歩行時間(10m歩行),膝伸展筋力(アニマ社製 徒手筋力計測器 μTasF-1),Functional Reach Test(FRT)の4項目である.なお膝伸展筋力は左右の平均値を体重で除したものを採用した.分析では,まず10m歩行と年齢,膝伸展筋力,FRTについて重回帰分析を行い,偏相関係数をもちいて関連の強い因子を特定した.次に膝伸展筋力0.1kgf/kg単位で区分し,各グループ内で10m歩行が10秒未満の群(10秒未満群)と,10秒以上の群(10秒以上群)に分類した.そして,2群間で年齢,FRT,膝伸展筋力についてマンホイットニーのU検定を行った.【説明と同意】 対象者には,研究の目的と計測方法について具体的に口頭で説明し,計測の実施と得られた内容の研究使用についての同意を得た.【結果】 10m歩行と各要素との偏相関係数は,膝伸展筋力r=-0.35,FRT r=-0.30,年齢r=0.28であり,3つの項目で同程度の相関を示した.また単独の相関係数ではすべての項目でr=0.50以上の相関がみられた.10秒以上群は,膝伸展筋力が0.20未満では7/19名(37%),0.20以上0.30未満で20/92名(22%),0.30以上0.40未満で11/137名(8%),0.40以上0.50未満が0/86名(0%),0.50以上も0/67名(0%)であり筋力の弱い区分ほど10秒以上群の割合は増加した.また10秒以上群のすべての症例は膝伸展筋力が0.35kgf/kg以下であった.0.20未満における10秒未満群は12名で,年齢は71.6±6.6歳,FRTは23.6±3.3cmであった.10秒以上群は7名で,年齢78.1±6.3歳,FRT21.8±4.8cmであった.両群間では年齢にのみ有意差を認めた(p<0.05).0.20以上0.30未満での,10秒未満群は72名で,年齢は72.2±7.7歳,FRTは27.2±5.1cmであった.10秒以上群は,20名であり年齢が78.2±7.2歳,FRTは21.7±5.2cmであった.両群間で年齢(p<0.01)と,FRT(p<0.01)について有意差がみられた.0.30以上0.40未満での,10秒未満群は126名で,年齢が71.9±9.0歳,FRTは29.6±5.9cmであった.10秒以上群は11名で,年齢が80.6±4.6歳,FRTは26.2±6.3cmであった.両群間では年齢についてのみ有意差を認めた(p<0.01).膝伸展筋力については,どのグループについても2群間で有意差はみられなかった.【考察】 歩行速度を規定する要因として,下肢筋力,バランス能力の点から検討を行った.今回の研究結果から,歩行速度と下肢筋力,バランス能力には関連がみられることが確認できた.その関連は直線的なものではなく,筋力水準の違いにより変化することが示唆された.筋力水準が著しく低い場合には,歩行速度にバランスの違いが及ぼす影響は小さかった.逆に筋力が0.40以上では,バランスの違いにかかわらず歩行速度が良好であった.中間の筋力水準では,歩行速度にバランスが強く影響していた.【理学療法学研究としての意義】 今回の研究結果から歩行速度を規定する要因が,膝伸展筋力の水準によって異なることが示された.今回の結果は,歩行速度の低下原因を考察するうえでの基礎的データとして活用できる