抄録
【はじめに】 立位および歩行の安定性に寄与する要因の一つに、足底部の柔軟性が考えられる。足底部の柔軟性は、足部アーチなど足部関節群の可逆的変形と、足底皮膚面の柔軟性が関係すると考えられる。このうち足底皮膚面の一部である踵部は、踵接地時の衝撃を吸収し、接地時の荷重方向を冗長に受け止めて、立位や歩行の安定性に寄与していると考えられる。このことは例えば義足の種類の一つであるSACH足部のヒールクッションに生かされている。また、ロボット工学では、自立歩行ロボットの立位保持能力や歩行安定性を向上させるために、足底面に柔軟性のある材料を設置することがある。以上のことから、踵部の柔軟性は立位および歩行の安定性に寄与する可能性があるが、ヒトの踵部の柔軟性について定量的に計測した例は少ない。【目的】 本研究は、踵部の柔軟性を踵接地の踏み込み距離とし、立位で荷重(kgw)を変えて踵が接地したときの踏み込みを踵骨隆部と踵面間の距離変化(mm)として計測し、定量的に検討することを目的とした。【方法】 対象は下肢の機能に障害がない健常者5名とした。5名の平均体重は62.3(kg)だった。方法は、被験者は両上肢で平行棒を支持した状態で立位姿勢を取った。被験者の一側の踵骨隆部にパルスコーダー(リベックス社製)のセンサ本体を固定した。被験者の前方に体重計を置き、その上にパルスコーダーの動作を検出する真ちゅう製パイプを固定した板を置いた。被験者はパルスコーダーのセンサ本体を真鍮パイプに挿入し、静かに踵部を体重計上の板に乗せた。板に踵が接触したときを荷重0(kgw)とし、そのときパルスコーダーから出力される距離(mm)を読んだ。その後、踵から床へ垂直方向に1、3、5、10、15、20、25、30、40(kgw)と加重し、そのときのパルスコーダーから出力される距離(mm)を読んだ。被験者は試技を左右5回ずつ繰り返した。パルスコーダーは、ステンレス製で直径2(mm)、長さ40(mm)の棒状のセンサである。センサ本体と、センサの移動距離を検出するのに必要な真ちゅう製パイプとで構成され、真ちゅう製パイプにセンサ本体を挿入して使用する。センサ本体の内部に巻かれたコイルと、挿入した真鍮パイプ間で発生する渦電流で距離を計測する。本研究で用いたパルスコーダーの測定距離範囲は30(mm)で、事前にキャリブレーションを実施したところ本研究の実験系において0.01(mm)の精度を確認した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、ヘルシンキ宣言に基づき、被験者に対して研究の目的と方法、個人情報の守秘についてあらかじめ説明をし、同意を得てから実施した。【結果】 踵接地において、踵にかかる荷重が0(kgw)のときの踵骨隆部-踵面間の距離変化を0(mm)としたとき、荷重1(kgw)のときの距離変化は-2.00±0.43(mm)(以下1(kgw) = -2.00±0.43(mm)のように記述する)だった。同様に、3(kgw) = -3.12±0.77(mm)、5(kgw) = -3.82±0.74(mm)、10(kgw) = -4.76±0.71(mm)、15(kgw) = -5.56±0.41(mm)、20(kgw) = -6.15±0.38(mm)、25(kgw) = -6.81±0.71(mm)、30(kgw) = -7.38±1.23(mm)、40(kgw) = -7.38±1.26(mm)だった。距離変化に左右差はなかった。【考察】 得られた結果から、5(kgw)の荷重における踵骨隆部-踵面間の距離変化は-3.82(mm)となった。これは距離変化の最大値-7.38(mm)の43%となり、踵接地の初期から踏み込みによる距離変化が大きいことを示した。これは、踵接地時の早期から、かかる荷重の方向を広範囲で受けることができ、歩行時の安定性に寄与していると考えられる。また、荷重が30(kgw)以降は、距離変化は-7.38(mm)で収束した。被験者の平均体重が62.3(kg)であることから、一側の踵は、概ね体重の1/2の荷重量で踏み込みによる距離変化が最大になった。これは、両側の踵だけでは静止立位であれば安定した姿勢保持に寄与できるが、跳躍からの着地など、強い衝撃が加わるときには、両踵だけでは対応が困難であり、踵以外の足底部や足部関節群の可逆的変形を動員する必要があると考えられる。以上のことから、踵部の柔軟性を踵接地時の踏み込み距離として計測した結果から、歩行や立位の安定性について考察を示すことができた。今後は、接地時の踵面の面積変化も同期して計測し、計測の妥当性、信頼性を高めることや、歩行時など、より実際的なデータを収集していく予定である。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、踵部の踏み込みの距離変化について計測方法とその結果を提示した。このことは、立位および歩行の安定性の評価について新しい知見を提供できる可能性を示し、理学療法学研究として意義があると言える。