抄録
【はじめに、目的】 運動器不安定症とは、「高齢化によりバランス能力および移動歩行能力の低下が生じ、閉じこもり、転倒リスクが高まった状態」と定義されている。藤野らは運動器不安定症患者に対する介入方法としては、ハイリスクアプローチが効果的であったと報告している。しかし、今後高齢者の数は増加し、個別にて対応できる医療機関やマンパワーは少なく、理学療法士による低頻度のセルフエクササイズの指導による運動機能の変化を調査する必要があると考える。また、疼痛による活動能力や自己効力感の低下が閉じこもりのリスクを高め、運動機能の低下を引き起こす可能性が報告されており、疼痛が身体機能や活動能力の低下に影響を及ぼすと考える。 そこで本研究の目的は、自宅で生活をし、運動器疾患が慢性化し、疼痛が持続している運動器不安定症外来患者を対象に、疾患の特異性や対象者の個別性を考慮し、理学療法士によるセルフエクササイズ指導前後の運動機能の変化を調査することとした。さらに、運動機能の改善に影響を及ぼす因子のひとつと考えられるエクササイズ指導前の運動機能とその変化量の関係性を検討することとした。【方法】 対象者は当院に通院し、運動器不安定症と診断された75名のうち、外来にて6ヵ月間理学療法を継続し、疼痛を有し、運動頻度が週3回以上の32名(男性10名、女性22名)を分析対象とした。対象者の平均年齢は72.8(53-87)歳、身長と体重の平均値(標準偏差)は154.1(8.8)cm、52.8(8.2)kgであった。理学療法士による検査とセルフエクササイズの指導は1か月に1回とし、実施期間は6か月、計6回行った。セルフエクササイズの指導内容は、体幹筋、股関節周囲筋に対する筋力トレーニングや座位・膝立ち位・立位での抗重力位でのバランス練習を中心とした。担当理学療法士が対象者の疾患の特異性や疼痛の部位や状態、全身のアライメントを評価し、2から4種類のセルフエクササイズを指導した。 初回と6か月後の比較について、股関節の関節可動域、疼痛の程度(NRS)、膝関節伸展筋力(膝伸展筋)、片脚立位時間(OLS)、Timed Up and Go(TUG)、Berg Balance Scale(BBS)、10m歩行の最大歩行(MWT)と歩数、老研式活動能力指標(TMIG)を検査・測定した。統計学的分析は、初回と6か月後の比較はNRS、BBS、TMIGの変数に関してWilcoxon の符号付順位和検定を用い、その他の項目は対応のあるt検定を用いた。また、初回と6か月後の比較で有意に改善を認めた項目について初期値と、初回と6か月後の変化量を算出し、年齢で調整した偏相関係数を用い、分析した。すべての統計解析にはSPSS ver11.5Jを用い、統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は東京都リハビリテーション病院安全倫理委員会の承認得て、すべての対象者に研究の目的と方法を説明し、同意を得た後、実施した。 【結果】 全体での初回と6か月後の比較は、NRSの数値とTUGの時間が有意に小さく(p=0.034、 p=0.028)、股関節外転の関節可動域、OLSとBBSの値が有意に大きかった(p>0.001、p=0.007、 p=0.002)。初期値と変化量の偏相関係数は、股関節外転の関節可動域(r=-0.702)、NRS(r=-0.599)、BBS(r=-0.864)、TUG(r=-0.752)で有意な負の相関があった。【考察】 疼痛は、初回と比較し6か月後に有意に小さくなった。これは理学療法士が対象者ごとの疾患の特異性や個別性を評価し、疼痛を有する部位にストレスを軽減させる姿勢や動作を学習させた結果と推測される。静的・動的バランス能力の向上を目的とする場合は、バランス機能に関する特異性を考慮したプログラムを構成する必要があり、個人に合わせた運動を実施することで改善すると報告されている。本研究では、セルフエクササイズの指導が介入方法であり、理学療法士によって全身のアライメントを評価し、個人に合わせたバランス練習を取り入れた結果、改善したと考える。さらに、疼痛が軽減した結果、体幹・下肢を動かしやすくなったことでバランス能力が改善したと推測される。初期値と変化量の偏相関係数は、股関節外転可動域、NRS、BBS、TUGで有意な負の相関を示した。つまり、初期の運動機能が低いほど、高い改善効果が期待できることが示唆された。しかし、本研究の限界としては、対照群と比較することができず、慢性化した運動器疾患を有する対象者であるが自然回復の可能性も考えられ、セルフエクササイズ指導の効果の検証までには至らなかった。【理学療法学研究としての意義】 疼痛が持続している身体機能の低い運動器不安定症外来患者に対し、理学療法士による個別のセルフエクササイズの指導を月に1回行い、自宅にて週3回以上のセルフエクササイズを継続することで疼痛とバランス能力が改善する可能性を示した。