抄録
【目的】 糖尿病の合併症の一つに糖尿病性神経障害(以下,DPN)があり,長期の血糖コントロール不良により引き起こされる.DPNは,足病変や歩行バランスの低下などさまざまな臨床症状の原因となるため,障害の有無を把握することは理学療法士にとっても重要である.このDPNの診断基準の項目の一つに振動覚検査があり,音叉による振動覚検査は理学療法士でも簡便に測定可能である.一般に,DPNの振動覚の基準としては10秒以下とされている.しかし,従来の音叉による検査法は,叩打する強さや,叩打してから測定を開始するまでの時間が一定ではないといった問題点がある.それに加え,内果や足趾など,どの部位で測定するかについても統一されていないのが現状である.また,振動覚はDPNのみだけでなく加齢によっても低下することが知られているが,これらが振動覚にどの程度影響を及ぼすのかという検討については,先行研究においても不十分である.そこで本研究では,振動覚検査の精度を向上させるために改良を加えた音叉(以下,改良音叉)を用いて,DPNや加齢が振動覚に及ぼす影響,および測定部位による違いを調査した.【方法】 対象は健常成人20名(男性8名,女性12名,34.4±8.5歳),DPNを有していない高齢者28名(男性13名,女性15名,74.1±4.4歳)(以下,一般高齢者),DPN患者24名(男性10名,女性14名,74.0±2.9歳,糖尿病歴11.9±3.1年,)とした.なお,一般高齢者およびDPN患者の年齢は60歳以上80歳未満とし,認知症者,中枢神経障害を有する者,振動覚の左右差が著しい者は対象から除外した. 振動覚検査は,対象者を背臥位にし,改良音叉(128Hz;ニチオン社製)を用いて実施した.なお改良音叉の検者内および検者間信頼性は,著者らの先行研究において確認している.振動覚の測定部位は左右の内果と母趾MP関節とし,各部位についてそれぞれ2回ずつ振動感知時間を測定し,平均値を代表値として用いた. 健常成人,一般高齢者,DPN患者の内果および母趾MP関節の振動感知時間の比較には,Tukey-Kramer法を用いた.また,各群における内果と母趾MP関節の振動感知時間を,t検定にて比較した.なお統計学的有意水準はすべて5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の趣旨を十分に説明し,書面により同意を得た.【結果】 内果における振動感知時間は,健常成人15.3±1.5秒,一般高齢者8.1±1.5秒,DPN患者5.1±1.3秒であった.母趾MP関節では,健常成人15.6±1.5秒,一般高齢者8.4±1.7秒,DPN患者4.1±1.8秒であり,両部位ともに,健常成人,一般高齢者,DPN患者の順に有意に振動感知時間は低下していた. 各群における内果と母趾MP関節の振動感知時間の比較では,健常成人および一般高齢者では有意差が認められなかったが,DPN患者では母趾MP関節のほうが有意に短かった.【考察】 今回,改良音叉を用いて内果と母趾MP関節の振動覚検査を実施したところ,健常成人よりも一般高齢者の振動感知時間が有意に短いことから,振動覚は加齢により低下することが確かめられた.また,一般高齢者にくらべDPN患者の振動感知時間はさらに短かったことから,DPN患者の振動覚は,加齢に加えDPNの影響も受けて低下していると考えられた.今後,対象者数を増やし調査を行い,DPN患者における精度の高い振動覚カットオフ値を明らかにすることで,振動覚検査によるDPNの有無の判別力を向上させることができる可能性がある. 一方,各群における内果と母趾MP関節の振動感知時間の比較では,健常成人および一般高齢者では有意差は認められなかったが,DPN患者においては母趾MP関節のほうが有意に短かった.今回は限られた対象者数であるため強く言及することは難しいが,DPNが内果と母趾MP関節における振動覚に対して特異的な影響を及ぼしているとも考えられた.また,各部位の振動感知時間を比較することがDPN診断の補助となりうる可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】 DPNを有していても自覚症状がない場合も多い.理学療法士が音叉を用いて振動覚検査を実施することによりDPNの存在を把握することができれば,可動域制限や筋力低下が原因の一つとされている足病変に早期から介入できる可能性がある.また歩行バランスの低下による転倒リスクを軽減するためのアプローチも可能になると考える.