抄録
【はじめに、目的】 認知症高齢者の日常生活活動(ADL)については,その自立度を維持すること,ならびに介護負担軽減の観点より介助でも自ら出来ることの維持を図ることが目標となる。認知症高齢者は,脳卒中といった身体機能障害を主徴とする疾患とは異なり,中核症状である知的機能の低下や行動心理症状(BPSD)が,セルフケアの自立可否に強く影響を与えることが指摘されている。そのため身体機能が良好でも介助量が高く,身体機能障害のみでは説明できない症例に遭遇することが多く,認知症の疾患特性を踏まえたADL障害の特徴を明らかにすることが必要である。本研究では,認知症高齢者の自立支援に資する基礎資料を得ることをねらいとして,各セルフケア項目における自立ならびに介助状態から自立態様の類型化を試みるとともに,各集団の特徴を身体機能,知的機能低下,BPSDの側面より検討する事を目的とした。【方法】 調査対象は,岡山県内1ヶ所の医療施設に2007年6月から2009年6月までに入院した全認知症高齢者92名とした。集計対象は,認知症の原因疾患特定困難な者,運動麻痺やパーキンソン病など身体機能障害を呈する疾患罹患者を除く83名(男性16名,女性67名,年齢83.9±6.7歳)とした。診断の内訳は,アルツハイマー型55名,脳血管型21名,混合型7名であった。調査内容は,基本属性,医学的属性,ADLについてはBarthel Index(BI)のセルフケア5項目を,移動能力についてはRivermead Mobility Index(RMI)を,知的機能についてはMini-Mental State Examination(MMSE)を,BPSDについてはDementia Behavioral Disturbance(DBD)をそれぞれ用い測定した。統計解析では,BIセルフケア5項目を基にWard法クラスター分析を行いADLの類型化を行った。次いでTueky法による多重比較を用い,得られた各類型間で属性比較を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は吉備国際大学倫理委員会の承認を得て実施した。調査に際し,認知症高齢者本人に可能な限り説明を行うとともに,その家族にも調査趣旨を十分に説明し書面による同意を得て実施した。【結果】 クラスター分析の結果,4つのクラスターが抽出された。第1クラスターは入浴を除く他のセルフケアはほぼ自立している「高度自立群」,第2クラスターは,入浴は全介助であるが,食事自立,排泄・更衣・整容は部分介助以上を示す「中等度介助群」,第3クラスターは,食事が部分介助以上だが他のセルフケアは重度介助の「重度介助群」,第4クラスターは全項目でほぼ全介助の「全介助群」とそれぞれ解釈された。各群間で属性分析を行ったところ,基本属性・医学的属性については統計的な有意差は認められなかった。一方RMI,MMSE,DBDについて群間比較を行ったところ,RMIについては各群間で統計的な有意差が認められた。内訳として「高度自立群」では応用歩行可能者が多く,「中等度介助群」では歩行可能レベル,「重度介助群」ではベッド上動作や座位可能レベル,「全介助群」では座位保持不可能レベルの占める割合が多かった。MMSEについては「高度自立群」と「中等度介助群」の間を除く各群間で有意差が認められ,DBDについては「高度自立群」と「重度介助群」についてのみ有意差が認められた。【考察】 クラスター分析により抽出された「高度自立群」,「中等度介助群」,「重度介助群」,「全介助群」の各群間で属性比較を行ったところ,「高度自立群」と「中等度介助群」間では,移動能力のみ統計的有意差が認められ,知的機能やBPSDについては差が認められなかった。そのため,この2群間のADL態様の違いは移動能力の高低によるものであると考えられた。また「中等度介助群」と「重度介助群」間,「重度介助群」と「全介助群」間では,いずれも移動能力,知的機能において統計的な有意差が認められ,ADL態様に移動能力のみでなく知的機能低下が関連していることが示された。以上より,認知症高齢者において移動能力低下がADL低下をきたし,そこに知的機能低下が加わることにより,さらに重度のADL障害を引き起こす可能性が示唆された。なおBPSDについては,統計的有意差が認められたのは「高度自立群」と「重度介助群」間のみであり,各自立態様との関連において,BPSDは他の2変数ほど強く関連するものではないと考えられた。しかし「高度自立群」と「重度介助群」間に統計的有意差があるという結果は,高いADL自立度を示す集団においてはBPSDが安定した状態であることが求められることを示唆するものと思われる。【理学療法学研究としての意義】 本研究により認知症高齢者におけるADL自立態様を類型化する事が出来,身体機能・知的機能・BPSDの側面より各類型集団の特徴を明らかにすることができた。本知見は,臨床場面において複雑さを極める認知症高齢者のADL障害を捉える手がかりを提示するものと考える。