抄録
【はじめに、目的】 基本的な生活・勉強習慣が、学業成績に大きな影響を及ぼすことはよく知られており、豊田 (2008) は、小学校1年生から中学校2年生までの4,139名を対象に調査した結果、学業成績と学習習慣、社会的生活習慣および情動知能の間に関連性が強いことを指摘している。しかし、理学療法士養成校に入学する年齢になっても基本的な生活・勉強習慣が十分に確立しておらず入学後の指導に難渋する学生を散見する。本校では、この問題に対処するための方策の一つとして、学生本人に自分の生活・勉強習慣を他者のそれと比較し客観視させることを目的としてE-learningを用いた生活・勉強習慣自己管理システムを構築した。今回、理学療法士科1年生に対してこのシステムを導入し若干の知見を得たので報告する。【方法】 対象は、平成23年9月に本校理学療法士科に在学した1年生40名である。方法は、オープンソースのMoodle (Modular Object-Oriented Dynamic Learning Environment) 内に生活・勉強習慣を管理するためのコンテンツを作成して実施した。コンテンツ内には、各学生が1週間前の生活・勉強習慣を振り返って入力するための質問紙票を作成した。質問紙票は、Benesse教育研究開発センター 第5回学習基本調査・国内調査報告書 高校版の質問紙票を一部引用した。各学生は、学内のパーソナルコンピュータを用いて入力を行った。各学生のデータは、入力後に学年全体のデータに集約され、グラフ化されて即座に公開された。入力データを公開する目的は、各学生が自分の入力したデータと学年全体のデータとを比較することで個々の習慣を客観視すること、また、自分の習慣の中で改善が必要な箇所に関して、改善する行動を起こすための動機付けを提供することであった。また、生活・勉強習慣を管理するためのコンテンツ内に各学生が自分の生活・勉強習慣について内省するための非公開の自由記述欄を設けた。実施期間は、当科の後期授業を開始した1週間後である平成23年9月中旬から10月中旬までで、実施回数は合計3回であった。分析は、入力データを比率化し、その変化をグラフ化して分析した。尚、各学生がコンテンツ内の質問紙票にデータを入力する前には、学生が入力したデータによって不利益を被ることがないことを説明した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者である学生に、このコンテンツの目的を十分に説明した。学生がデータの入力に同意することを確認して実施した。【結果】 1回目と3回目のデータの比較では、平日の就寝時間が早くなり、平日の勉強時間が増加した。また、テレビやビデオを鑑賞するといった娯楽に費やす時間が極度に長い学生の割合はやや減少した。勉強に関する自由記述欄は、1回目には「勉強時間が少ない」という内省が多く見られた。3回目でも同様の内省は見られたが、勉強の「計画を立てるべき」、「分からないとすぐあきらめる」、また「時間の使い方が間違っている」など一部に1回目よりも自分の習慣に対する気づきを得られたことを推察させる内省が認められた。また、「復習がためになった」、「勉強の習慣が身についた」、また「勉強時間がちょっと増えた」など、実際に行動を変容させたことを示唆する内省も認められた。生活・勉強習慣全般に対する3回目の自由記述欄では、「勉強時間が増えた」という記述が多く認められた。【考察】 比較の結果、就寝・勉強時間、また娯楽時間に好ましい変化が認められた。介入を開始した時期は、本校では後期の授業開始1週間後であり課題やレポート作成に勉強時間を費やすことが少ない時期である。このため、好ましい変化は授業進行に伴う原因が推測される。しかし3回目の内省には、1回目よりも自分の習慣に対する具体的な内省や、実際に行動変容を起こしたことを示唆する内省を得られた。これは、我々が生活・勉強習慣管理システムのコンテンツを作成した目的である、学生個人が他者と比較することにより、自分の習慣を客観視し気づきを得たことも原因と推察された。今後は、我々の開発したコンテンツが学生に気づきを与え、行動変容に結びつく一助となったのかどうか客観的に分析する必要がある。【理学療法研究としての意義】 学業成績に大きな影響を及ぼす生活・勉強習慣を確立することは、卒前教育の中で非常に重要であるが介入が難しい。各学生が自分の習慣を振り返り、他者との比較を通して気づきや改善するための動機付けを得るためのE-learningを実施した事例は認められないため、意義があると考える。