抄録
【はじめに、目的】 脊椎圧迫骨折は骨粗鬆症を伴う高齢者が後方へ転倒し,背中や尻もちをつくなどの衝撃で受傷することが多い.転倒予防には下肢筋力やバランス能力も重要であるが『滑った』あるいは『つまずいた』状況に対応してすばやくステップする能力,すなわち姿勢が乱れて支持基底面から重心が逸脱した時に,いかに素早く 1 歩を踏み出して体重支持できるかが重要であると報告されている.我々は先行研究で下肢の敏捷性のテストとして後方ステップテスト(Backward Step Test以下BST)を開発し,第47回日本理学療法学術大会でその信頼性について報告した.そこで今回は脊椎圧迫骨折患者のBSTの特性を調べることを目的に健常高齢者との比較検討を行った.【方法】 対象は脊椎圧迫骨折患者10名(男性4名,女性6名,平均年齢79.6±7.2歳:64~89歳),健常高齢者14名(男性7名,女性7名,平均年齢80.4±3.1歳:76~85歳)であり, 10m以上独歩可能でBST測定時に痛みのない者とした.また脳血管疾患をはじめ,測定に支障となる疾病および障害を有している場合は除外した.脊椎圧迫骨折患者に対し,BST及びTimed Up and Go Test(以下TUG),片脚立位保持時間, Functional Independence Measure(以下FIM)を測定した.BSTの手順は1)横に引いた長さ70cm,幅 2cm の一本の白線の前方に両下肢を開いて立つ,2)スタートの合図でどちらか一方の下肢で白線を後ろ向きに跨いですぐに戻す,3)対側下肢でも同様に白線を跨ぎ戻す,4)一方の下肢が白線を跨いで戻すまでを10 回反復した.所要時間はストップウォッチを用いて測定した.測定は2回連続で行い,所要時間の短い値を採用した.対象者は測定前に十分に練習を行った.統計解析には,BSTの所要時間に対してMann-WhitneyU検定を用いた.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認を得た後,対象者に研究の趣旨と内容につい て説明し同意を得た上で行った.【結果】 脊椎圧迫骨折患者のFIMは116.3±9.7点,片脚立位保持時間 12.2±11.4秒,TUG 10.9±1.5秒であった.BSTの所要時間は健常高齢者が12.3±2.0秒,脊椎圧迫骨折患者では16.4±4.1秒であり有意に延長していた.(P<0.05). 【考察】 本研究の脊椎圧迫骨折患者のFIMは116.3±9.7点(移動FIM 5点:1人,6点:5人,7点:4人)でありADLはほぼ自立していた.脊椎圧迫骨折患者の片脚立位保持時間は健常高齢者75~79歳の男子50.4±40.1秒,女子45.0秒±38.6秒(文部科学省「平成20年度体力運動能力調査」)より短縮していた.またTUGの転倒リスク予測のカットオフ値は13.5秒と報告されており,今回の対象者は全員がその値より短かった.BSTの所要時間については健常高齢者と比較して脊椎圧迫骨折患者が有意に延長していた.以上の点よりADLがほぼ自立しTUGなどの動作能力が良好であっても,片脚立位保持時間などのバランス能力やBSTのような後方への敏捷性を要するバランス能力は低下していることがわかった.BSTの有意な低下は脊椎圧迫骨折を受傷する転倒の方向は後方がほとんどであることから,後方へ姿勢が乱れて支持基底面から重心が逸脱した時に後方へ素早くステップする反応時間が遅れていることが要因であると考えられた.転倒予防には素早く 1 歩を踏み出して体重支持できるかが重要であると報告されていることからも後方へのステップの反応速度を高めることで後方への転倒を予防できる可能性があると考えられる.【理学療法学研究としての意義】 臨床では転倒予測の評価バッテリーとしてTUGやFunctional Balance Scaleを用いることが多いが後方に関する敏捷性はほとんど検討されていない.後方への敏捷性を評価できるテストバッテリーが転倒予防には必要であると考える.今後はBSTを転倒予測のテストバッテリーとして用いるために評価後1年間の転倒有無を調査しカットオフ値を算出していく必要があると考える.