抄録
【はじめに、目的】トイレ動作の自立は,自宅退院の可否に関連する.トイレ動作自立に寄与するものに,手すり設置や身体機能向上が挙げられ,トイレ動作は,便座からの立ち上がり,便座への転回,ズボンを下げるなど複数の工程で構成される.しかし,手すりが有効な工程や,設置の参考となる身体機能水準は明らかでない.本研究の目的は,トイレ動作工程に対する手すり設置の有効性と,それに関連する身体機能水準を明らかにすることである.【方法】対象は,当院に入院した65歳以上の高齢患者50例(平均81.3±7.2歳,男性50%)である.除外基準は,病室内ADL自立例,関節痛や脳卒中片麻痺,認知症を有する例である.調査項目は,基本属性,身体機能,トイレ動作である.基本属性は,基礎疾患,年齢,身長,体重,BMIを診療録より調査した.身体機能は,握力 [kgf],膝伸展筋力 [kgf/kg],足関節背屈可動域 [度],前方リーチ距離 [cm],片脚立位時間 [秒]とした.トイレ動作の調査には,当院リハビリテーション室内の便器(TOTO製TCF6011,便座高45.0cm,便器両側に手すり有り)を用いた.また,便器側方に,座面高45.0cmの標準型車椅子(椅子)を設置した.トイレ動作は,「1.椅子からの立ち上がり」,「2.便座への転回」,「3.ズボンを下げる」,「4.便座への着座」,「5.紙をとる」,「6.清拭」,「7.便座からの立ち上がり」,「8.ズボンを上げる」,「9.椅子への転回」,「10.椅子への着座」の10工程とした.対象者は,監視下にてトイレ動作を〈手すり有り条件〉と〈手すり無し条件〉の2条件で模擬的に施行した.検者は,遂行の可否をFIMの採点基準で判定し,各工程の遂行率を算出した.統計学的手法として,遂行率については,各工程における手すり有無での差を,Wilcoxonの符号付順位検定にて判定した.その後,有意差がみられた工程に対しては,〈手すり無し条件〉で遂行可能な群と不可能な群を比較した.2群間の基本属性,身体機能の差は,T検定にて判定した.また,遂行可能に関連する因子をロジスティック回帰分析にて抽出した.抽出された因子については,遂行可能を予測するための閾値を受信者動作特性曲線にて判定した.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,当院倫理委員会の承認(承認番号: 第130号)を得て行った.また,ヘルシンキ宣言に則り,対象者に研究の主旨を説明し,同意を得た.【結果】遂行率について,〈手すり有り条件〉と〈手すり無し条件〉との間に差を認めた工程は,「1.椅子からの立ち上がり」(96 vs 80%),「2.便座への転回」(100 vs 70%),「4.便座への着座」(100 vs 80%),「7.便座からの立ち上がり」(96 vs 80%),「9.椅子への転回」(100 vs 70%),「10.椅子への着座」(100 vs 80%)であった(p < 0.01).「1.椅子からの立ち上がり」,「7.便座からの立ち上がり」が不可能な群は,可能な群に比し,膝伸展筋力(0.19 vs 0.30kgf/kg),前方リーチ距離(17.6 vs 30.1cm),片脚立位時間(0.3 vs 3.2秒)で低値を示した(p < 0.01).ロジスティック回帰分析で抽出された因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離であった(p < 0.05).その閾値は,膝伸展筋力で0.25kgf/kg(感度;72.5%,特異度;90.0%),前方リーチ距離で20.5cm(感度;90.0%,特異度;80.0%)であった.「2.トイレへの転回」,「9.椅子への転回」が不可能な群は,可能な群に比し膝伸展筋力(0.23 vs 0.30kgf/kg),前方リーチ距離(18.2 vs 31.7cm),片脚立位時間(0.2 vs 3.7秒)で低値を示した(p < 0.01).しかし,ロジスティック回帰分析では有意な因子は抽出されなかった.「4.トイレへの着座」,「10.椅子への着座」が不可能な群は,可能な群に比し膝伸展筋力(0.20 vs 0.30kgf/kg),前方リーチ距離(14.8 vs 30.9cm),片脚立位時間(0.0 vs 3.2秒)で低値を示した(p < 0.01).ロジスティック回帰分析で抽出された因子は,前方リーチ距離であり(p < 0.01),その閾値は20.5cm(感度;92.5%,特異度;90.0%)であった.【考察】手すり設置の有効性が示された工程は,立ち上がり,転回,着座であった.また,〈手すり無し条件〉では,転回の遂行率が最も低値であった.転回は,手すりの無い環境下で,難渋する可能性が高いという観点から,手すり設置を検討する際に,着目することが必要と思われた.立ち上がりと着座の双方には前方リーチ距離が,また立ち上がり単独では,膝伸展筋力が関連した.立ち上がりや着座が困難な症例には,前方リーチ距離や膝伸展筋力向上のための理学療法プログラムの立案が必要と思われた.また,本研究で示された身体機能水準は,手すり設置の判定やトイレ動作に対する理学療法の一目標値となる可能性がある.本研究の限界には,症例数が少ないことや単一の環境下で調査されたことが挙げられ,今後更なる検討を要する.【理学療法学研究としての意義】本研究の成果は,高齢患者へのトイレ動作工程に対する手すり設置の判定,身体機能の目標設定および理学療法プログラム立案の一助になる可能性がある.