抄録
【はじめに、目的】筆者は所属先の医療法人と連携する株式会社が運営する有料老人ホームにおいて,入居者の生活機能を向上させるための理学療法的介入を行っている.高齢者の生活機能向上においては,体力等の個人要因の改善に加えて環境改善等の外的要因への介入が重要となる.今回,有料老人ホームへ入居している高齢者を対象とした生活機能向上に対する理学療法的介入のコンセプトとその方法を紹介し,生活機能のなかでも特に移動能力の向上に対する取り組みとしての車いすからの離脱に向けた介入成果について報告する.【方法】2007年1月から2012年10月まで94施設に入居する延べ7408名の高齢者を対象として移動能力の向上(車いすの常時使用からの脱却)を目的として介入した.具体的には,まず移動能力が低下している(車いすを常時使用している)要因を内的要因と外的要因に分類した.内的要因は入居者自身の体力であり,その改善のために体力評価に基づいた機能訓練や最大能力を活用させる動作方法や介助・介護方法を介護スタッフに指導した.また,必要に応じて理学療法士による直接的治療的理学療法を個別に実施した.外的要因は,介護スタッフや施設・設備のことであり,その改善のためにまずは介護スタッフへの介護技術指導や「移動」に対する意識変化を目的とした研修を行った.さらに,施設・設備に対しては生活空間(居室)や公共スペースのレイアウトについての助言を行い,必要に応じて機能訓練機器の導入についての助言も行った.理学療法士による介入は原則として1ヶ月に1回の頻度とし,理学療法士による介入後はケアスタッフを中心としたホーム全体の取り組みとして介入内容を継続させるための働きかけも実施した.【倫理的配慮、説明と同意】本件における介入は施設内サービスとしての位置づけであり,倫理的配慮としては入居時の契約に基づいて企業コンプライアンスのもとに実施した.【結果】理学療法士の訪問による平均介入回数は3(1–5)回であり,平均介入期間は3(1-5)ヶ月であった.2012年10月末の時点で129名の歩行が自立し車いすは常時不使用となった.また,690名が介助や見守りでの歩行が可能となり,車いすの使用が間欠的となった.また,日中の生活姿勢が改善した者は154名であった.【考察】今回の介入では移動能力を低下させている要因を内的なものと外的なものに分類して,各々に対して直接的な理学療法と間接的な理学療法により介入した結果,800名以上の入居者の移動能力が改善した.車いすを常時使用している要因としては,歩くことができないので車いすを使用しなければならないという内的要因に起因する場合と,歩くことは可能だが歩く機会を作っていない,歩くことができるか知らないというような外的な要因に起因する場合の双方がみられた.また,常に理学療法士が関わることについての時間的人数的制限もあるため,特に必要な場合を除き,直接的治療的理学療法を個別に実施するよりも介護スタッフへの指導や教育,施設・設備への介入に重点を置いた.また,理学療法士による介入が有効に作用するためにホーム全体の取り組みとして継続させる仕組みづくりにも注力した.理学療法士による介入が奏功するためには,介入内容が入居者のライフスタイルに組み込まれ,かつ介護スタッフの業務マニュアルやワーキングスケジュールに反映されることが必要である.したがって,介護スタッフの業務マネジメントにも理学療法士が関与した.今後の課題としては,移動能力の向上は転倒リスクを増大させるため,移動能力改善例に対する縦断的なフォローアップが必要となる.また,今回の介入の有用性を検証するために,対照群を設定した比較研究も実施していかねばならない.さらに,今回の介入の成否は理学療法士個人の能力に依存する面が多いと思われるため,企業やすべてのホームにおける普遍的なシステムに落とし込んでいくことが必要と考えられる.【理学療法学研究としての意義】今回の介入のような有料老人ホームにおける生活機能向上に対する理学療法は,公的保険に頼らないところで理学療法士がサービスを提供していく仕組みである.有料老人ホームのような施設系サービスにおける理学療法士の役割としては,病院の理学療法室のような対応や訓練指導員的立場での関わりというよりも,施設全体を入居者の生活機能を軸としてマネジメントしていく立場での関わりが望ましい.本報告はその一つのモデルとなり得るものであり,今後の職域拡大や理学療法士のキャリアデザインに有用であると思われる.