抄録
【はじめに、目的】脳卒中片麻痺患者の麻痺側への重心移動の阻害要因として,麻痺側で体重を支えようとすると痙縮が高まり麻痺側の運動コントロールが困難になる,前脛骨筋における平衡反応の低下が影響している,などの報告がある. 麻痺側下肢機能の改善は股関節及び膝関節に比較して足関節が困難な場合が多く,足関節背屈機能は歩行や立位の運動制御に必要であるため, 片麻痺患者の立位バランス能力向上において足関節背屈機能を改善することは重要と考えられる.脳卒中片麻痺患者の麻痺側下肢機能に対する認知的な介入として,近年では下肢に対するmirror therapy(以下MT)の報告が散見される.しかしこれらの報告ではMTの視覚入力に加えて麻痺側下肢の反復運動や通常の運動療法も実施しており,MTの視覚入力単独の効果が証明されていない.また麻痺側下肢の随意性やADL場面の運動機能に対する効果を検証してはいるが,立位バランスに対する即時効果についての報告は見当たらない.本研究では脳卒中片麻痺患者を対象に,足関節背屈に対するMT(視覚入力のみ)が足関節背屈機能と立位バランスに与える影響について検証することを目的とした.【方法】対象は東京厚生年金病院(以下当院) 回復期病棟入院中の初発脳卒中片麻痺患者16名とした.対象を封筒法にて,MT介入群(以下MT群)8名(女性3名男性5名,平均年齢62歳,平均身長158cm,平均体重57kg),統制群(以下CT群)8名(男性8名,平均年齢58歳,平均身長169cm,平均体重66kg)に無作為に割り振った.MT群は鏡有りの介入を,CT群は鏡無しの介入を実施しその前後で測定を行った.測定項目は1)背屈テスト2)姿勢安定度評価指標(以下IPS)測定とした.背屈テストは全て麻痺側下肢にて測定した.被験者に訓練台上で端座位を取らせ足底が床に接地しないように調整し骨指標にマーカーを貼付した.被験者はトリガランプ+声掛けの合図で出来るだけ速く大きく背屈し,側方からデジタルカメラで撮影した.動画をImageJにて解析し足関節背屈角度(以下DF)及び一秒あたりの足関節背屈角度(以下DFS)を算出して,各5回試行中の最大値を採用した.IPS測定では測定肢位を裸足立位とし,前方の目標物を固視して両上肢は下垂位とした.開始位置,前方,後方,右方,左方の5条件において,初期の動揺が収まった時点から10秒間を測定した.測定値から望月らの方法を基にIPSを算出した.介入として,MT群は訓練台上で両膝関節60°屈曲位の端座位となり両足底を床面に接地した.鏡を両下肢の間に設置し非麻痺側下肢はテーブルで見えないように隠した.被験者は非麻痺側下肢の鏡像を注視しながら,非麻痺側下肢の足関節背屈運動を検査者の声掛け+至適速度にて25回を4セット実施し,この時麻痺側下肢は動かさなかった.CT群は鏡を設置せず,その他の課題設定はMT群と同じ条件にて実施した.統計学的検討として各測定項目のプレテスト値と介入後の変化率については,群間比較として対応のないWilcoxon検定を用いた. またDF及びDFSの変化率とMT群の属性との相関についてはスピアマンの順位相関係数を用いた.対象の属性については群間比較として対応のないt検定及びカイ二乗検定を用いた.統計解析にはSPSS for windows (ver.11.5J) を使用し,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は当院倫理審査委員会の承認を得た上で,対象者には事前に研究の主旨を文書にて説明し同意が得られてから実験を行った.実験中は疲労や安全性への配慮を行った.【結果】身長と性別を除いて基本情報に有意差は無かった. MT群で有意に身長が低く女性が多かった(p<0.05)が,プレテストの各測定項目値は二群間で差が無かった.背屈テストではMT群でDF変化率が高い傾向を示し(MT群19.0%,CT群0.9%,p=0.050),DFS変化率が有意に高かった(MT群8.5%,CT群-8.2%,p<0.05).IPS変化率はMT群で高かったが(MT群2.2%,CT群-1.0%)有意差は無かった. MT群の属性との相関ではDF変化率と発症後期間(r=0.881,p<0.01)で有意な相関を示した.【考察】対象の属性ではMT群で女性が多く身長が低かったが,プレテストの各測定項目値は二群間に差が無かった. MT群でDFの変化率が大きい傾向を示しDFSについては変化率が有意に大きかったため,MTは足関節背屈機能の改善に有効であったと考えられる.またDFの変化率は発症後期間と強い相関を示し,発症後一定期間を経過した症例でMTの効果が得られやすいことが示唆された.一方IPSにおいてMTの即時効果が見られなかったが,これは立位バランス障害に関する他の要因(中枢部の機能不全など)の影響から,足関節背屈機能の改善が立位バランス能力に直接反映されなかった可能性が考えられる.【理学療法学研究としての意義】MT(視覚入力のみ)が脳卒中患者の足関節背屈機能改善に寄与することが示唆され,より簡便で麻痺側の過剰努力を必要としない治療方法を検討する上で意義があると考える.