抄録
【はじめに、目的】バランス練習は,ADLやQOLの改善を目的とした理学療法プログラムとして,しばしば行われる運動の1つである.バランス能力の評価法としては,Berg Balance Scale(以下BBS)が国際的にも広く知られている.これは14項目の課題で構成され,各項目が0から4点の5段階で,満点が56点となる.臨床的には45点が歩行時の杖の必要性や転倒のカットオフポイントとして利用されている.しかしながら歩行が自立しているようなバランス能力の比較的高い者に対しては,課題の難易度が低すぎるために天井効果が生じてしまい,バランス能力の指標には適さないとの報告もある.症例の到達目標が高い場合には,BBS得点が高くてもバランス能力が十分であるとは限らず,この場合には更にレベルの高いバランス能力の評価や治療が必要となると考えられる.そこで今回我々は,バランスパッド上でのBBS評価を行い,通常の評価方法との違いを比較し,より高いレベルのバランス評価および練習への利用の可能性について検討した.【方法】通所または入所の介護サービスを利用している高齢者のうち,杖または独歩にて施設内歩行が自立している31名を本研究の対象とした.平均年齢は78.3±10.6歳,性別は女性19名,男性12名,要介護状態の直接的な要因となった疾患の内訳は,脳血管障害9名,骨関節疾患16名,内部疾患4名,その他2名であった.バランスパッド上でのBBS評価には,AIREX社製バランスパッドエリートを使用し,BBSの14の課題の中でも比較的難易度が高く,バランスパッド上での実施が可能な前方リーチ,360°回転,タンデム立位,片脚立位保持の4項目を選択した.測定はまず通常のBBS(以下s-BBS)を評価し,十分な休憩をはさんだ後にバランスパッド上でのBBS(以下m-BBS)を評価した.分析はs-BBSおよびm-BBSの4項目を,ウィルコクソンの符号付順位和検定により比較した.次に2条件間の得点の変化の大きさとBBS合計得点との関連を分析するため,2条件間の得点の差を項目ごとに求めた後に4項目の差を合計し,この値が0~4点の場合を変化なし群,5点以上の場合を変化あり群としてBBS合計得点をt検定により群間比較した.統計学的分析にはSPSSver20.0を用い,有意水準を5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者には本研究の趣旨を十分に説明し,書面にて同意を得た.また本研究は,A病院の倫理委員会にて承認を得ている.【結果】2条件における4項目の得点の中央値は,前方リーチではs-BBSは3点,m-BBSは3点,360°回転では同様の順に4点,2点,タンデム立位では3点,2点,片脚立位保持では2点,0点であり,4項目すべてにおいてm-BBSが有意に低値を示した.4項目の差の合計の平均点は4.8±2.3点で,変化なし群14名,変化あり群17名に分類された.BBS合計得点の群間比較の結果,変化なし群53.0±3.2点,変化あり群52.0±2.8点と有意差を認めなかった.【考察】以上の結果より,本研究で用いたBBSの4項目はバランスパッド上で行うことにより,難易度が高まることが確認された.また条件間での変化とBBS合計得点との分析において,条件間差の大小に関わらずBBS得点に差が見られなかったことから,BBSでは同じように良好と判断されている者の中にも,バランス能力に違いがあることが推察された.したがって更なるバランス能力の向上のためには,通常のBBS評価だけではなくバランスパッド上での評価を行い,適切なアプローチを考慮することが重要であると考えられた.【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から,BBS合計得点では同レベルのバランスを有する者であっても,バランスパッド上の反応は異なっていた.したがってバランス評価を行う際には既存の評価だけではなく,目標とするバランス能力に応じた評価方法を工夫し,治療に活かすことが重要であることが示唆された点において臨床研究として意義があると思われる.