理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: B-P-10
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ポスター発表
失行を呈した進行性核上性麻痺患者に対するアプローチ
~cross modal transferに基づいた感覚情報変換課題を併用して~
太場岡 英利
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抄録
【はじめに、目的】進行性核上性麻痺(progressive supranucear palsy:以下PSP)は,進行性の神経変性疾患である.臨床症状は,眼球運動障害,球麻痺,構音障害,ジストニア様固縮,認知症,姿勢調節障害,歩行障害等がある.これらの症状に加え, Leiguarda(1997)は,PSP患者の約7割に観念運動失行(以下,失行と略す)が認められると報告している.この失行は,運動が可能であるにも関わらず,合目的的な行為が困難な状態であると定義され(浜中,1982),近年の神経心理学では,行為が表出される前段階である頭頂葉におけるcross-modal transfer(以下CMTと略す)の誤りとして解釈されている(Buxbaum,2005).なお,PSPの失行は,前頭葉~頭頂葉間の経路に問題があると考えられている(Rothi,1991).CMTとは,ある感覚モダリティ(視覚,聴覚,体性感覚)で得た情報を他の感覚情報と比較照合することを指すが,このCMTは,姿勢を保持するにあたり,ある感覚で得た情報を身体部位の動きを調節するための情報に変換する際にも必要となる(Rizzolatti,1998).例えば,目の前の障害物を避ける場合,視覚的に分析した障害物の位置や大きさに合わせて,障害物を避けるための重心移動,身体を捻る等の姿勢変化を起こさなければならない.前述した通り,得られた情報に合致しない非合目的な行為が失行の病態だとするなら,失行が姿勢バランスや動作能力にも影響を及ぼす可能性が考えられる.そこで,今回,失行を伴うPSP患者に対して,運動機能訓練や動作訓練に加え,CMTに基づいた感覚情報変換課題を導入した.その結果,バランス能力,歩行能力に若干の改善が認められたので報告する.【方法】対象は60歳代男性.平成23年5月,歩行困難により某病院を受診しPSPの診断を受けた.同年6月,当院紹介入院となった.同年9月下旬の理学療法評価では,四肢に可動域制限は認められなかった.筋力は,体幹に若干の筋力低下は見られたものの,その他は十分な筋力が残存していた.バランス能力は,機能的バランス尺度25/56点で,易転倒性であった.高次脳機能検査では,観念運動失行を認めた.FAB9点,HDS-Rは20点であったが,指示理解良好であった.ADLはBarthel Indexにて50点であった.歩行能力は歩行器近位監視レベルであり,歩行器歩行速度は36.59sec/10m,歩幅は約6cmであった.感覚情報変換課題は,視覚-体性感覚情報間,体性感覚-体性感覚情報間の照合について実施した.視覚-体性感覚情報の照合は,セラピストが閉眼した対象の関節を動かした後,対象に各身体位置を写した数種類の写真の中から,閉眼中に行った関節運動を選択させた.導入初期の正答率は,4/10であった.体性感覚-体性感覚情報間の照合は,セラピストが閉眼中の対象の関節を動かした後,対象に閉眼のまま運動を即時再生させた.正答率は,5/10であった.なお,入院当初より実施していた筋力増強訓練,ストレッチ,バランス訓練,歩行器歩行訓練も継続併行して実施した.【倫理的配慮、説明と同意】対象には,個人情報保護優先事項,評価内容等を十分に説明し,了承を得た.【結果】感覚情報変換課題導入2ヶ月後,課題正答率はほぼ100%となった.変化のあった評価項目として,機能的バランス尺度は27/56点であり,立位前方リーチが9.7cmから14.7cmに増大した.また,360°回転が可能となり,上肢を使用せず,立ち上がりが可能となった.歩行器歩行速度は20.08sec/10m,歩幅は約16.67cmであった.【考察】課題正答率向上に伴い,バランスや動作に変化が認められた.これは,視覚などの求心性情報を基にした自己の身体位置情報を,目的とする身体運動に必要な情報に変換・統合したことによる効果であると考えられた.また, PSPにおける失行症状は,バランスや動作に影響を及ぼす可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】PSP患者の有病率は6.5/100000人とされ(Schag,1999),2001年の厚生労働省による推計では,日本のPSP患者数は7400人であり,PSPは,同省が定める「国内対象患者数5万人未満」に定義される稀少疾患の一つである.そのため,PSPに対する系統的なリハビリテーションは確立されておらず,効果的な治療の開発に至っては,各専門職技術の改良は元より,症例の蓄積も望まれている.学術集会におけるPSP研究情報の共有と,複雑な病態への理解は,PSPのリハビリテーションにおいて極めて重要なものであると考える.
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© 2013 日本理学療法士協会
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