抄録
【はじめに、目的】近年、生活習慣病の治療や健康の維持・増進などを目的として運動が推奨されている。この際、自転車エルゴメータを用いて心肺運動負荷試験を実施し、嫌気性代謝閾値(AT)時の酸素摂取量を安静座位時の酸素摂取量を基準としたMETs表と対照して運動種目が決定される。しかし、安静座位時の酸素摂取量は身体組成など様々な要因の影響を受けている。したがって、METs表を用いた運動種目の決定は、身体組成の違いによる乖離が生じることが予想されるが、これに対しては十分な検討はなされていない。そこで、本研究では健常若年女性を対象に身体組成と定量運動時の酸素摂取量を測定することにより、身体組成の違いが定量運動負荷時の代謝当量に与える影響を検討した。【方法】 対象は健常女子学生9名(年齢20.9±0.92歳、身長160.9±7.0cm、体重55.2±5.5kg、BMI 21.3±1.6kg/m ²)とした。ベッド上背臥位にて部位別接触型インピーダンス測定法を用いた体組成計(InBody S20:BIOSPACE)により骨格筋量、除脂肪体重、体脂肪量を測定し、これらと4段階の運動条件における呼吸循環諸量との関係について検討した。また、Ainsworthらにより示されたMETs表記載のMETsの値(METs comp)と本研究により実測されたMETsの値(実測METs)との比較も併せて検討した。運動はトレッドミル(AR-200:ミナト医科学)を用いて次の条件で行った。すなわち、条件①「安静座位」、条件②「時速3kmでの歩行」、条件③「時速4kmでの歩行」、条件④「時速5kmでの歩行」とし、各対象者の測定において始めに条件①での測定を行う以外の3条件に関してはランダムな順序で行った。呼吸循環諸量については肺運動負荷モニタリングシステム(AE-310s:ミナト医科学)を用いて、酸素摂取量、心拍数、脂肪酸化量(F)、ブドウ糖酸化量(G)を測定した。統計解析にはIBM SPSS Statistics ver.19を用い、身体組成諸量と呼吸循環諸量との関係についてはピアソンの積率相関係数、スピアマンの順位相関係数を用いて検討し、METs compと実測METsの比較については運動条件ごとに一標本検定、FとGの比較については対応のあるt検定をそれぞれ実施した。【倫理的配慮、説明と同意】 すべての対象者に実験の目的・手順・予想される危険性について書面を用いて説明し、研究参加同意書への署名により研究への協力に対する了解を得た。なお、本研究は本学研究倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】各運動条件での酸素摂取量は条件①3.9±0.6 ml/kg/min、条件②9.1±1.1 ml/kg/min、条件③10.6±1.4 ml/kg/min、条件④13.1±1.8 ml/kg/minであった(mean±S.D.)。いずれの条件においても酸素摂取量と骨格筋量(22.5±3.09kg)、除脂肪体重(41.3±5.4kg)、体脂肪量(13.3±4.64kg)の間に有意な相関を認めなかった。また、METs compと実測METsの比較では条件①で実測METsが低く(p<0.05)、歩行速度が速くなるにつれ実測METsが逆に高くなる傾向を認めた。また、F(条件①96.9±32.4g/day、条件②351.8±81.1g/day、条件③253.1±104.5g/day、条件④260.9±70.2g/day)とG(条件①153.4±86.4g/day、条件②265.6±155.9g/day、条件③407.7±187.0g/day、条件④463.0±191.9g/day)の比較では条件③、④でGが高値を示した(p<0.05)。 【考察】 METs compと比較して実測METsが低く算出されたのは、本研究の対象に運動経験を有するものが多く、体脂肪率が同年代の平均よりも低いため、低強度運動時のエネルギー供給に重要な役割を果たす脂質酸化量が少なかったためであると考えられる。よって、高強度運動を課した際の酸素摂取量を今後検証する必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 運動療法において、これまで心肺運動負荷試験の結果を基にしたMETs表での運動処方がなされてきた。しかし本研究の結果から、実際の運動において低強度運動時はこれよりも低く、運動強度があがるにつれてこれよりも高い酸素摂取量となることが示唆された。このことから、運動処方においては心肺運動負荷試験の結果だけでなく、身体組成を考慮する必要があることが明らかになった。