抄録
ゲームアーカイヴにかんする議論は、技術面を除けば他分野と十分に接続されていないようにみえる。とくにアーカイブ研究の側からゲームアーカイヴに言及するものはほとんどみられず、結果的にゲームアーカイヴがアーカイブ研究において議論されてきた倫理的な課題をなぞっている一因にもなっている。本稿は、人文学におけるアーカイヴにかんする主要な言説の一つであるデリダの議論を参照し、ゲームアーカイヴが抱える問題と、その脱構築について検討する。前者においてはアーキビストの権力とアーカイヴの起源を求めるその情念が、後者においては情動の地平を導入する指標的なインタフェースが俎上に載せられる。両者は専制的な正史の策定に対し、間主観性によって抗うという関係にある。ボーンデジタルメディアの代表的な例であり、CGMとの関係も深いゲームのアーカイヴを再考することは、今日のデジタルアーカイヴとユーザーの関係を考える際の指標になるだろう。