九州のブナ林動態に対する温暖化とシカ被害の影響を評価し、その現状を解説した。解析は、九州森林管理局による直近約15年間4回分の保護林モニタリング資料。対象は、九州山地の4保護林内でブナが分布する計35箇所のモニタリングプロット。その標高範囲は1000–1690 m。モニタリング調査は、4つの階層(高木、亜高木、低木、下層植生)ごとで面積が異なるため、解析もこの階層を単位とした。シカの食害等による負の影響は、下層植生からしだいに上層へと波及する傾向を示した。すなわち、1)林床に生育するスズタケ群落の被度が、15年間に初期値の10%程度まで減少した。これは、ササの開花・枯死の影響もあるが、その後のシカによる継続した食害による。下層植生の灌木層と草本層は、直近では、それぞれ観測地点の54%、19%が植生なしの裸地状態にあった。2)低木は、15年間に胸高断面積合計(BA)、幹数(N)、種数がそれぞれ減少し、さらに下層植生と並行してシカ不嗜好性植物の比率が増大した。これらの変化に、下層植生でのシカ被害との連鎖が読み取れた。3)亜高木の15年間のBA年変化率は高木より低く、35プロットの平均値では負の値(減少を意味する)を示した。この低いBA年変化率は、高木層への転出と、シカ食害で後退した低木層から転入量の減少による。後者に、下層植生から始まるシカ被害の波及現象を読み取れる。4)高木全種のBA年変化率は、シカ被害レベルと負の相関性を示した。その相関性は、被害レベルに直近値を用いるよりも、各プロットの期間積算値の方が高かった。期間積算値は、被害の継続時間を考慮した被害レベルともいえる。高木に対するこの負のメカニズムを、シカによる林分構造の変化、とくに下層植生の後退にともなう森林土壌の劣化、保水力の低下との関連から考察した。一方、5)温暖化の影響は、ブナ高木のBAとNの年変化率に現れた。これらの年変化率はシカ被害レベルとは有意でなく、プロット標高と正の相関性を示した。すなわちブナの分布下限界標高に近い低標高ほど年変化率が小さくなる現象に、温暖化の影響が現れていると推察した。ブナの更新木が森林内で生育できない状況が続き、シカ被害が継続・増大すれば、現在のブナ林は、ブナを欠きシカ不嗜好性植物が優占する低木林へと退行することになる。