抄録
本研究は,障害者のきょうだいである筆者が,立場の異なる複数の人と語り合い,オートエスノグラフィーを描くという試みを行い,きょうだいの体験の「質感」を明らかにすることを目的とする。語り合いは,知的障害のある弟との二者関係にとどまらないきょうだいの体験を明らかにするため,母親や友人と行った。また,当事者である筆者が内省を深め,非当事者にも伝わりやすい記述とするために,大学院の指導教員とも語り合いを行った。メタ観察を用いた分析では,きょうだいとして生きる中での感情だけでなく,先行研究であまり描かれてこなかった身体的な感覚も含めた「質感」を対象とし,それらの関係を構造化しつつ考察がなされた。結果として,きょうだいが障害者家族としてのみならず,「障害者」と異なる「健常者」としての両義的な自己を持ち,肯定的なものと否定的なものが入り乱れた「かなしみ」を弟に向けていることが明らかとなった。また,当事者の体験の質感を非当事者にも伝えるための方法論として,語り合い法を用いたオートエスノグラフィーという試みが有効であると考えられた。