集団力学
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日本語論文(英語抄録付)
野火的活動としての市民上映
森 永壽
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2015 年 32 巻 p. 62-86

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抄録

 本稿では、島根県松江市におけるドキュメンタリー映画「ひめゆり」の市民上映会(2008 7 月)及びその後の活動を、「野火的活動」の概念を用いて考察する。 松江市における「ひめゆり」の市民上映は、友人から「島根でも上映ができないか」と相談を受けたT が、素人ばかりの上映実行委員会を立ち上げてはじまった。実行委員会の参加メンバーは固定されなかったにも関わらず、上映のみならず、趣向を凝らした関連展示や、高校での上映に対する資金補助まで行った。一連の活動が終わると実行委員会は自然消滅したが、その後の他所での上映会や関連の活動のきっかけになった。 これまで市民活動の分析にはネットワーク論がよく使われたが、メンバーの入れ替わりも多く、飛び火するように展開することもあり、分析には限界があった。しかし、Engeström は、こうした市民活動を「野火的活動(wildfire activities)」、すなわち「ある場所から消えてなくなったかと思えば、全く別の場所であるいは同じ場所でも長い潜伏期間の後、急に出現して活発に発達するといった独特な能力」を持つ活動(エンゲストローム, 2008)として重要視する。 「野火的活動」は、「痕跡による協同(stigmergy)」とよばれる自己組織化のメカニズム、すなわち、ある行為によって環境に残された痕跡が、続く行為を刺激し、また環境に痕跡を残すメカニズムによって継続・拡張する。このメカニズムによって、組織化や事前計画がないままでも、複雑で、知的な協同がなされるプロセスを記述することができる。 「野火的活動」及び「痕跡による協同」の概念を用いて市民上映活動を考察し、①活動を通じて「上映」に新しい意味が加わり、活動終了後は「痕跡」となって次の活動のきっかけとなったこと、②メーリングリストを通じた上映活動の言語化によって、活動に参加しやすくなると同時に、活動の内容が変化しやすくなったこと、③メーリングリストだけによらず、顔をつきあわせて議論することで、メンバーが離散することなく、活動が具体化し、発展したことを確認した。 野火的活動の概念は、市民活動の分析のみならず、未知のものや事象に関わるときの原初的な形態である。集団と社会との関わりを明らかにしていくことは、新たな理論や可能性を導き出す「生成的能力」(Gergen, 1994)を高めると考えられる。

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