集団力学
Online ISSN : 2187-2872
ISSN-L : 2187-2872
32 巻
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
編集委員・編集方針
特別寄稿
  • 三宮 信夫
    原稿種別: 特別寄稿
    2015 年 32 巻 p. 3-58
    発行日: 2015/12/28
    公開日: 2015/04/04
    ジャーナル フリー
     大学組織は、教員、学生および事務職員で構成され、特に教員と学生は、基本的には、個人の価値観に基づいて自由に行動することが認められている。しかし現代では、大学を取り巻く種々の環境からの評価や決定が、大学の活動に影響を与える状況になっている。
     大学は、高等教育機関であり、研究活動によって真理を探究し、教育活動によって学生を通じてそれを社会に広めることが、組織の目的である。このことは、大学内外の共通の認識であるが、具体的な問題に対応すると、自由なるが故のばらばらの要求が発生する。すなわち、教員や学生は個人の価値観に基づいた活動を望み、環境は大学の機関としての目的達成度上昇を要求する。法人化された大学では、その間の要求の調整が、学長の重要な任務となる。
     筆者は、長年国立大学教員として、教育および研究活動に従事した後、9年間地方公立大学学長を務めた。その間大学環境は大きく変化し、それに対応する大学改革を、学長のリーダーシップで実践することになった。本論文は、実践期間中に学長メッセージとして教員に示した私見をまとめたもので、グループ・ダイナミックスのリーダーシップによる制御の一実施例を提供するものである。
日本語論文(英語抄録付)
  • 森 永壽
    2015 年 32 巻 p. 62-86
    発行日: 2015/12/28
    公開日: 2015/06/12
    ジャーナル フリー
     本稿では、島根県松江市におけるドキュメンタリー映画「ひめゆり」の市民上映会(2008 7 月)及びその後の活動を、「野火的活動」の概念を用いて考察する。 松江市における「ひめゆり」の市民上映は、友人から「島根でも上映ができないか」と相談を受けたT が、素人ばかりの上映実行委員会を立ち上げてはじまった。実行委員会の参加メンバーは固定されなかったにも関わらず、上映のみならず、趣向を凝らした関連展示や、高校での上映に対する資金補助まで行った。一連の活動が終わると実行委員会は自然消滅したが、その後の他所での上映会や関連の活動のきっかけになった。 これまで市民活動の分析にはネットワーク論がよく使われたが、メンバーの入れ替わりも多く、飛び火するように展開することもあり、分析には限界があった。しかし、Engeström は、こうした市民活動を「野火的活動(wildfire activities)」、すなわち「ある場所から消えてなくなったかと思えば、全く別の場所であるいは同じ場所でも長い潜伏期間の後、急に出現して活発に発達するといった独特な能力」を持つ活動(エンゲストローム, 2008)として重要視する。 「野火的活動」は、「痕跡による協同(stigmergy)」とよばれる自己組織化のメカニズム、すなわち、ある行為によって環境に残された痕跡が、続く行為を刺激し、また環境に痕跡を残すメカニズムによって継続・拡張する。このメカニズムによって、組織化や事前計画がないままでも、複雑で、知的な協同がなされるプロセスを記述することができる。 「野火的活動」及び「痕跡による協同」の概念を用いて市民上映活動を考察し、①活動を通じて「上映」に新しい意味が加わり、活動終了後は「痕跡」となって次の活動のきっかけとなったこと、②メーリングリストを通じた上映活動の言語化によって、活動に参加しやすくなると同時に、活動の内容が変化しやすくなったこと、③メーリングリストだけによらず、顔をつきあわせて議論することで、メンバーが離散することなく、活動が具体化し、発展したことを確認した。 野火的活動の概念は、市民活動の分析のみならず、未知のものや事象に関わるときの原初的な形態である。集団と社会との関わりを明らかにしていくことは、新たな理論や可能性を導き出す「生成的能力」(Gergen, 1994)を高めると考えられる。
  • 溝口 千尋, 樂木 章子, 杉万 俊夫
    2015 年 32 巻 p. 88-102
    発行日: 2015/12/28
    公開日: 2015/12/25
    ジャーナル フリー
    <br> 「自然のふところに抱かれる」という言葉が表すように、自然には、いかなる人間をも区別することなく包み込む大きな包容力がある。自然は嘘もつかなければ、人間に媚びることもしない。人間から見れば、自然の一部となり、自然と一体化するしかない。また、複数の人間は、同じ自然に一体化することを通して、人間同士も一体化する。<br>  本論文は、長年にわたって、子どもたちが自然と触れ合う(自然と溶け合う)活動を展開してきた「大阪自然教室」を紹介する。その数十年に及ぶ活動には、かつて子どもとして参加していたが大人が、今やリーダーとして参加している。そこには、年齢を異にする子ども、世代を異にする子どもと大人、そして自然が溶け合い、その溶け合いを通じて原初的な「意味」が生成される場がある。そのような場が、子どもにも大人にも、自らの「居場所」を与えている。
  • YB. Cahya Widiyanto, Toshio Sugiman
    2015 年 32 巻 p. 104-313
    発行日: 2015/12/28
    公開日: 2015/12/26
    ジャーナル フリー
    <br>   This study describes the process in which a certain community of farmers in Indonesia tried to overcome a crisis caused by rapid penetration of free market economy into agriculture. In the crisis, farmers were marginalized economically and socially and their community was declined by losing togetherness and cultural traditions. In such a situation, a community revitalization movement was initiated by the author in 2008 and carried out by a group of farmers in Daleman, a sub-district located in Bantul, Yogyakarta, Indonesia. This paper reported the process of the movement during 2008-2013, though it is still going on. <br>   The movement had two major characteristics. First, a strategy called creative return to the past was emphasized. Specifically, regaining the togetherness and cultural traditions that they had maintained until the penetration of market economy is regarded as the return to the past. But, it is almost impossible to ignore market economy in our globalized world and thus the return to the past is possible only by utilizing market economy creatively. Second, an ethnography was written by the author not just for an academic purpose but also for contributing to the movement by facilitating reflective dialog among participants. In this sense, it is called engaged ethnography. <br>   The group of farmers was gradually convinced that the crisis was brought by their passive attitude toward market economy and finally reached a future vision to start organic farming as a major pillar of their activities. Organic farming had been conducted by all farmers until they began to use chemical fertilizer and pesticide to increase the rice production to meet market demand. In the process of development of the vision, the author used the ethnographies he had produced concerning the crisis until then to help the farmers understand that the crisis was not just a tragedy of their own community but was a nation-wide prevalent problem caused by market economy and that it would be possible to overcome it if they stand up together and start to do something new actively. <br>   Fortunately, organic farming was appreciated in the market while the farmers regained togetherness and cultural tradition in their community. However, the success also led the community to confusion and even a conflict in 2011-12. The conflict was so serious that neither the farmers nor the author could find any future prospects. It was the engaged ethnography the author wrote in 2008-10 that helped them resolve the conflict and regain solidarity. By the ethnography, they could recollect the process in which they once struggled with development of their solidarity and future vision and convince themselves of how they should proceed to the next step.
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