情報通信政策研究
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寄稿論文
理念・原理・制度とサイバーセキュリティ法制―選挙を中心に
湯淺 墾道
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2018 年 2 巻 1 号 p. 73-90

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抄録

個人情報やプライバシーのような個人の権利利益、企業の知的財産や営業秘密その他の経済的利益に係わる情報、地方公共団体や政府等の一般に情報公開することができない情報、安全保障や外交に関係する秘密情報その他、一般にサイバー攻撃によって窃取の対象となるとされる情報は、不正アクセス禁止法、個人情報保護法、プライバシー保護法制、営業秘密に関する法律その他によって保護されている。しかし民主主義の基礎となっている理念、原理、制度の存立がサイバー攻撃やサイバー空間の悪意をもった利活用によって脅かされる恐れがあり、それにどのように法的対処することが可能であるかという点の議論は、活発とは言い難い。さらに、人工知能(AI)に関する各種技術の急速な実用化によって、人工知能がインターネットを介して民主主義を支える各種の制度に「介入」する危険性も、現実化している。

そこで本稿では、特に民主主義を支える選挙に焦点を当て、選挙へのサイバー攻撃とサイバー空間の悪意をもった利活用の段階について先行研究の紹介と段階の整理を行う。次に、政府がどのように対応するべきかについて、アメリカとEUの例を参照する。

アメリカ政府は、外交的対抗、経済的対抗、技術的対抗という3つの対抗手段を講じている。もっとも、外交官追放等の外交的手段や口座凍結等による制裁では不十分であるとして、プロ・アクティブ、アクティブ・サイバー・ディフェンスのような積極的な技術的対抗手段の実行を主張する議論も存在する。また国土安全保障省は、選挙インフラを重要インフラの一つとして指定した。

EUは、選挙へのサイバー攻撃が2016年アメリカ大統領選挙において顕在化した後、選挙をサイバーセキュリティの重要な政策領域として位置づけるようになった。フェイクニュース対策は、デジタル単一市場創設という政策領域の一分野として位置づけられ、SNSを利用した世論誘導については表現の自由という基本的人権の侵害であると捉えられている。2018年1月にはフェイクニュース及び虚偽情報流布に関する有識者会合が設置され、4月に公表された最終報告書では「多元的な対応」が提案された。EUは特に世論を誘導する情報を媒介するプラットフォーマーに焦点を当てており、2018年7月までに共通の行動規範を策定して遵守することを求めた。

これらを参照して、日本において理念・原理・制度を守るためのサイバーセキュリティ法制のあり方とその限界についての検討を試みることにしたい。

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