2020 年 13 巻 2 号 p. 173-180
現行の日本の労働安全衛生法(以下,安衛法という)制度は,基軸となる法典の制定から約50年近くを経て,危害防止基準の充実,安全衛生管理体制の整備など,多くの長所を持っているが,規定の複雑化・膨大化や形式的コンプライアンス,中小企業における遵法の困難など,多くの課題を抱えている.何より,職域の全リスクに有効に対応できる法制度となっていない.そこで,安衛法の歴史,実績共に日本を凌駕する英国,英国と共に統一法典を持つ米国,英国に大きな影響を与えたEUの関連法制度を対象に,課題解決に必要な限りで調査した.調査の結果,英国では,労働安全衛生にかかるリスク管理の推進のため,官民両者で安全衛生人材に高いステータスや強い権限を付与する,達するべき目的を明確化し,その達成を義務づけたうえで達成方法を分権化する,安全衛生管理の実権を持つ役員,管理者層に重い責任を課す,米国でも,基本的には専門的な行政機関を設けて,危害防止基準の策定と強権的な執行を図ってきていたが,近年,自主的な安全衛生体制の整備に取り組む事業者を認証したり,臨検監督を免除する,民間の安全衛生人材を行政が臨時に任用して他の事業者の指導に当たらせる等の柔軟な取り組みが行われていることが判明した.また,EU・ECの安全衛生枠組み指令に関する調査からは,リスク管理のエッセンスが明らかにされた.EUのOiRA(Online interactive Risk Assessment)に関する調査からは,バックランナー対策に有効性を発揮する可能性のあるWEB上のシステムの要素等が明らかにされた.また,労働安全衛生にかかるリスク管理に関する国を跨ぐ原則も確認された.そこで,日本の背景に応じたリスク管理推進のための戦略の1つとして,高年齢労働者を焦点とした労働安全衛生行政,行政や行政官の専門性の強化を前提とした裁量の拡大,民間での安全衛生人材の地位の向上が求められること等,19項目の提言を行った.