日本土木史研究発表会論文集
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明治初期における塵芥処理制度に関する二, 三の考察
京都を中心として
山崎 達雄
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1983 年 3 巻 p. 55-62

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抄録
近世において, 河川管理上の問題として取上げられた塵芥処理も, 安政年間のコレラの流行を契機に, 公衆衛生上の問題として捉えられるようになり, 1869 (明治2) 年の告諭では, 伝染病予防の点から塵芥処理の必要性が説かれている。また, 近世においては, 塵芥処理の上で果した機能についても疑問があった塵芥捨場についても, 1869 (明治2) 年, 1870 (明治3) 年と設けられ, 更には, 1872 (明治5) 年には, 京の町の代表である総区長から, いくつかの小学校区毎に自から選定した塵芥捨場について設置請願がだされるなど, 京都における塵芥処理の上で欠くことのできない存在となってきている。
明治初期における京都の塵芥処理で注目されるのは, 1875 (明治8) 年に化芥所が設置されたことである。化芥所は, 殖産興業・文明開化の世相を背景に, 塵芥の再資源化を目的として設置されたものである。化芥所による塵芥収集の方法は, 現代における一般廃棄物の収集システムと大差はないが, 化芥所が目的とした塵芥の再資源化については多様なことが計画されているが, 堆肥以外, その実態は確認できていない。その後, 化芥所については, 1882 (明治15) 年に民間に貸下され, 明治20年代まで存続し, 京都における靡芥処理に果した役割は小さくないが, 1890 (明治23) 年の「塵芥採取請負人心得」の制定まで塵芥処理は, 町の仕事として行われているのである。
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