抄録
最近まで、我が国の近世初期の測術術は中国系であり、ヨーロッパ系のものは寛永期末にカスパルが伝えたと信じられて来ていた。しかし、南蛮学統の研究の成果から、「元和航海記」の航海術が南蛮測量術として存在していたと考えられるようになった。一方、伝承の中国系のものは、我が国の鉱山で独自に考案したものを加えて、新しい鉱山測り量術として技術革新をになっていたという。これらの測量術の測角には磁方位を用いている。
寛永9年 (1632) に完成した辰巳用水の寛永期の長い隧道は、当然これらの測量術のうち、どちらかの方法を用いたであろうと考え、昭和56年に行った実測方向角から、寛永期隧道中心線の磁方位を算出した。それによると、隧道の設定に当たっては鉱山と同様、方位によっていたらしいことが確かめられた。しかも、その計算の過程において、横穴の実測値から金沢での寛永期における地磁気の偏角値が算出された。この手法によると、辰巳用水で隧道に多くの改築を加えた藩政末の年代は、既知の地磁気の偏角値を用いれば、年代検証が町能であることもわかった。