2006 年 10 巻 1 号 p. 52-61
【目的】2002年に我々は,液体を含む食物における咀嚼条件下での嚥下動態を観察し,嚥下反射開始前に食塊が下咽頭にまで達する現象を報告した.この結果から咀嚼が嚥下反射惹起を抑制する可能性を考え,本研究では咀嚼が嚥下反射惹起に与える影響および,咀嚼嚥下時の喉頭・咽頭の内視鏡所見を明らかにすることを目的とした.
【対象・方法】対象は健常成人9名 (平均年齢28.8歳) である.左鼻腔より4Frエラスティックチューブを挿入し,先端が口蓋咽頭筋に達する位置で固定した.緑色に着色した飲料水をシリンジポンプを用いて6.5ml/min,11.5ml/minの速度で注入した.舌骨上筋群の筋電図を記録し,喉頭内視鏡にて液体の流れを観察してビデオテープに録画した.注入速度,咀嚼有無,がまん有無の8条件において液体注入開始から嚥下反射惹起までの時間を計測した.
【結果】液体注入開始から嚥下反射惹起までの時間は,注入速度およびがまんの有無の間に著しい有意差を認めたが,咀嚼の有無の問には差を認めなかった.嚥下を我慢すると,披裂が前傾,強内転し,咽頭腔が拡大する現象がすべての被験者に認められた.随意嚥下では液体が咽頭喉頭蓋ひだに達すると,あるいは片側梨状窩の半分を満たすと嚥下反射が惹起された.嚥下をがまんさせると,液体が梨状窩を満たし,披裂喉頭蓋ひだや披裂陥凹をこえて喉頭に液体が流入しようとする時点で嚥下反射が惹起された.
【考察】咀嚼は液体注入時の嚥下反射惹起までの時間に影響を与えず,咀嚼が嚥下反射を抑制するとした仮説は否定された.嚥下をがまんするという意志による嚥下抑制課題は,誤嚥を防ぐために下咽頭の容積を増大させる能動的な咽頭の形態変化を生じさせることがわかった.これらの新たな知見を摂食・嚥下障害のリハビリテーション手法に応用することが,今後の課題である.