2013 年 35 巻 4 号 p. 306-311
要旨:61歳の右利き男性で,漢字にほぼ限局した漢字失書の1例を経験したので報告した.左角回から側頭葉にかけての深部白質の脳梗塞の発症約1カ月後と考えられる初診時には,ほぼ純粋な漢字失書を呈していた.発症1カ月後と6カ月後に小学校1,2学年で習得する漢字を用いて失書の程度と回復の過程を評価した.本例では,発症6カ月後には漢字失書はほとんど回復していた.また,漢字失書の分類では既報の左側頭葉後部障害例に認められているように想起困難が多く,次いで類形性錯書を認めた.漢字失書は画数の多い漢字に強い傾向が認められた.本例は,既報例と異なり語形認知領域(visual word form area)とされている左側頭葉後部から側頭葉底面の紡錘状回よりやや離れた頭頂葉よりの部分の白質での脳梗塞で漢字失書を認めており,漢字失書の発症機序を考える上で重要な症例と考えられた.