抄録
深刻化するニホンザルによる農作物被害に対して、有効な被害対策を確立するためには、その基礎資料となる正確な被害発生状況の把握が不可欠である。そこで本研究では、山梨県富士北麓地域に生息する西桂群を対象に、ニホンザルが加害する農作物の種類と分布を把握することを目的とした。調査は、まず対象群に発信機を着け、ラジオテレメトリーにより群れの位置を測定し、その場所に調査者が移動する方法で行った。そして、ニホンザルが加害している現場を目視した場合は、その位置と作物を記録し、加害を直接観察できなくても、農作物に新鮮な歯形や引抜きの痕が残っている場合は同様の記録を行った。調査は2003年7月から実施した。その結果、夏期(7~8月)には、トマトや茄子などの果菜類や豆類に被害が集中し、林縁から加害地点までの距離は、9割以上が50m以内と比較的短かった。秋期(9~11月)になると果樹、とくに柿の被害が増え、林縁から加害地点までの距離は長くなった。冬期(12~2月)には、被害作物の種類と被害頻度がもっとも増え、ネギや白菜などの葉茎菜類や大根などの根菜類が加害され、さらに稲の落ち穂や収穫されなかった作物への摂食が多くなった。また、林縁から加害地点までの距離は、観察期間の中でもっとも長くなり、最長約180mに達した。このことからニホンザルは、森林内の食物が少なく、耕作している農地が少なくなると、林縁から遠く離れた農地まで移動し加害する傾向があるといえる。またニホンザルは、果菜類や柿、冬期の葉茎菜類など、視覚的に目立つ色の作物を加害する傾向があることから、農地の囲い込みや遮蔽物の設置など作物を見えにくくする農地管理手法を採用すると同時に、農地における摂食機会を増大させ、その結果有用作物への加害要因となる収穫放棄作物を撤去することにより、被害を軽減できる可能性があることが示唆される。