抄録
[目的] 先天的な身体障害を持ったチンパンジー乳児の健康管理を行った。2歳1ヶ月(生後756日)で死亡したが、その経過および病理所見を報告する。
[経過] 京都大学霊長類研究所(以下研究所)で2003年に誕生したメスである。生後10日まで人工保育、その後母親に保育された。人工保育時の初期検診で脊柱湾曲と両下肢麻痺を認めた。脊柱湾曲はCT画像、X線写真およびMRI画像から、胸椎奇形(通常より数が1つ多く14個、うち3個が形成不全)だった。9ヶ月検診(生後278日)までは貧血は認められなかったが、1年検診(生後378日)時には重度の貧血(赤血球数264 x 104個/mm3、ヘモグロビン量5.9 g/dL、ヘマトクリット18.3 %)だった。血液生化学検査値の変化から、378日頃腎炎を発症し慢性化したと判断される。研究所で2000年に誕生した3頭のチンパンジーと比べて、体重増加は不良だった。
[治療] 貧血には、396日目から母親からの輸血(最初は全血、後に赤血球のみ)を1週または2週間に1回の頻度で続け、死亡した756日目には正常近くまで回復した。腎機能の低下には、経口と点滴による電解質バランスの改善を試みた。低栄養状態を改善するために、点滴による必須アミノ酸やビタミン類の補充や嗜好性の高い果物などの給餌を行った。
[病理学的検索] 主な肉眼所見は、肺炎および肺出血、腎臓の変性および萎縮、胃粘膜脱落および幽門部の出血だった。組織所見は、肺出血および肺水腫、腎臓の広汎な尿細管・糸球体の萎縮を伴う間質の繊維化、胃、腎臓および脾臓における"ミロイド沈着だった。
[考察] 直接の死因は肺炎・肺出血であったが、重大な疾患は腎炎と貧血である。胸椎の奇形による脊髄圧迫が原因で後肢麻痺や排尿障害が起こり、それを背景とする尿路の上行性感染によって慢性腎盂腎炎を発症したものと考えられる。貧血の原因は不明である。