抄録
チンパンジー2個体が役割を交代しながら相互利他的な関係を築くかどうかを「利他的コイン投入課題」を用いて実験的に調べた。この課題では、自動販売機にコインを投入すると、透明なパネルを挟んで隣のブースにいる相手に食物報酬が出る仕組みになっていた。コインの供給方法を操作して、2つの条件を設定した。1)交互役割交代条件:片方の個体にコインを1枚供給し、コインが投入されるともう一方の個体にコインを1枚供給した。この条件では、コインを投入する役割が1枚ずつ交代することになる。2)役割交代自由条件:2個体にコインを1枚ずつ同時に供給した。コインが投入されると、投入した個体にその都度コインを1枚補充した。この条件では、常に2個体が1枚ずつコインを持つことになり、2個体が自由に役割交代できた。群れで生活する飼育下のチンパンジーおとなのペア3組を用いた結果、すべての組において、交互役割交代条件では利他的なコイン投入が交互に継続したが、役割交代自由条件ではコイン投入は継続しなかった。チンパンジーにとって、2個体で自発的に利他行動の役割を交代して相互利他的な関係を維持させることは難しいといえる。交互役割交代条件では2個体間でコイン投入枚数に差はありえないが、役割交代自由条件では差が生じる。そこで、役割交代自由条件での相互交渉を投入枚数に応じて分析した。その結果、相手より多くのコインを投入していた個体が、あまりコインを投入しない相手に手を伸ばす「誘いかけ」行動がみられた。この行動のあとには、相手個体のコイン投入行動が一時的に回復した。また、より多くコインを投入していた個体が、実験後に相手を攻撃する「罰」行動もみられた。これらの結果は、チンパンジーが相手の「ただ乗り」行動を検出し、抑止するために誘いかけ行動や罰行動をとる可能性を示している。利他行動が、相手からの圧力により引き起こされることが示唆された。