抄録
チンパンジーは夜の睡眠のため樹上にベッドを作成する際に,枝を「折る」「曲げる」「切り取って置く」といった加工をすることが知られている。また,ベッド作成行動をおこなうか否かは,学習によるものであることが飼育下チンパンジーの研究によってあきらかになっている。本研究では,野生チンパンジーのベッドの構造を母子間で比較し,枝を加工し積み重ねる技術の差異を調べた。調査はタンザニア,マハレ山塊国立公園に生息するM集団のチンパンジーを対象に,2008年11月から12月にかけておこなった。調査対象として1組の母子(子は7歳のコドモオス)を選び,それぞれのベッドについて,上から順に,積み重なった枝をはずし,どのような加工がされているか記録した(調査したベッド数:母(N=3),子(N=5))。母親はベッドに用いた枝全体のうち53%を折って利用しており,切って置く利用は14%にすぎなかったが,子では折る利用が少なく(22%),切って置く利用が多かった(42%)。「用いられた枝の数」には母子間で有意な差はなかった。1本の枝について,「枝を折ったあと,ほかの枝を積み重ねたあとに,もう一度曲げる」というように,複数回の利用が観察される場合があったが,「枝1本あたりの利用回数」は母が子よりも有意に多かった(Mann-Whitneytest,U=0,p<0.05)。折られた枝は,切って置かれた枝よりもベッドの強度を強くし,また複数回折り重ねる利用法は,ベッドの枝が跳ね上る危険を抑える効果があると考えられることから,母は子よりも丈夫なベッドを作成していると推察された。一方で,子は,軽い体重を支えるためにはそれほど強度にこだわる必要がないことから,枝を切って利用していると推察された。ベッドの枝をどのように加工して積み重ねるかは,子の試行錯誤によるものと考えられた。