抄録
【目的】ボルネオ島南西部に生息するボルネオシロヒゲテナガザル(Hylobates albibarbis)の遺伝的構成を,近隣に生息する近縁種(スマトラのアジルテナガザル H. agilis とボルネオ島のミュラーテナガザル H. muelleri>)と比較するため, AFLP (Amplified fragment length polymorphism)分析を行った.また,シロテテナガザル(H. lar)に近縁なミトコンドリアを持つagilisのゲノムの状態をAFLP法により調べたので報告する.【材料と方法】albibarbis (n=18),agilis (n=14)およびmuelleri (n=14)を対象とした.比較のため,lar 2頭と交雑個体と思われた6頭も分析に加えた.AFLP分析では,3通りのプライマーセットで選択増幅を行い,216座におけるフラグメントの有無を記録した.【結果および考察】分析対象の分類群間の遺伝的分化は有意であったため,albibarbisを含めて調べた4種が独立種であることを支持する結果となった.Neiの遺伝距離においてalbibarbisは,agilisではなく,muelleriに近縁であった.これはミトコンドリアの進化距離とは逆であった.主座標分析を行ったところ,分析対象の分類群はそれぞれまとまりを作りながら,albibarbis のクラスターがagilisとmuelleriの中間に配置された.これは,albibarbisのゲノムが2種の中間的な状態であることを示唆する.これまでに行ったミトコンドリアおよびY染色体上遺伝子の分子系統分析の結果と合わせて,ボルネオシロヒゲテナガザルの種形成について考察する.一方,larタイプのmtDNAを持つagilisのゲノムは,そうではないagilisのゲノムと何ら変わりがなく,単純な交雑個体ではないことが明らかになった.