霊長類研究 Supplement
第34回日本霊長類学会大会
セッションID: P21
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ポスター発表
1950年代の屋久島における猟師の民俗知識—川村俊蔵博士の野帳の分析より—
*服部 志帆小泉 都
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抄録

日本の霊長類学のパイオニアのひとりである川村俊蔵博士(1927~2003年)は,伊谷純一郎博士とともに1952年と1953年に屋久島で調査を行った。この時のフィールドノートが2012年に京都大学霊長類学研究所で見つかった。これをここでは「川村ノート」と呼ぶ。1952年の調査をもとに川村と伊谷はヤクシマザルの生態について共著論文を書いているが,調査データのなかには分析の対象となっていないものがあり,とくに1953年の調査データは未発表のままである。そこで本研究では,合計9冊の川村ノートを分析し,川村が聞き取りの対象とした屋久島の猟師の民俗知識を明らかにしたい。そしてそれによって,1950年代の屋久島において猟師が野生動物(とくにサル)や自然環境とどのような関係を築いていたのかを検討したい。また,川村の方法論や足取りを追うことによって,当時の霊長類学者がどのように研究対象や調査地をとらえようとしたかについてみたい。川村は1952年に合計21人(うち猟師18人),1953年に合計24人(うち猟師17人)に聞き取りを行った。猟師の多くは島西部出身であった。聞き取った内容は,サルの生息域や群れの数,群れの構成頭数,食性,行動,猟法,猟場,利用法,伝承など多岐にわたっており,シカ,民俗文化,地名などの情報も含まれていた。屋久島の猟師の民俗知識の特徴については,以下のことがいえる。1)屋久島の猟師は利用する山林において固有の地名を発達させていた。2)島外からの需要をうけて独特のサル猟を発達させていた。3)サルやシカは猟師の現金収入源となるほか,食料や薬として利用され,島の人々の生活を支える重要な役割を果たしていた。川村は,合計42日間の調査において主要な地域を歩き回り,自分の足によって屋久島を全体的かつ地理的に理解しようとつとめており,その幅広い視野は霊長類学だけでなく文化人類学などフィールドワークを主軸とする研究分野に示唆を与える。

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© 2018 日本霊長類学会
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