近年におけるグローバル・リスクの増大を前にして.英語圏では過去20年間に存亡リスクに関する学際的研究が大きく発展してきた。人類が存亡リスクを成功裡に回避するならば,極めて長期間にわたり膨大な数の諸個人が生存するだろうと予期されるため,存亡的危機の生起確率がいかに小さかろうとも.それを僅かに減少させる努力にさえ,巨大な価値が認められる。存亡リスクの実効的減少のためには政策的対処が不可欠であるから.存亡リスクは公共政策学上の研究主題に含まれる必要がある。それにもかかわらず.近年の存亡リスク研究の知見を踏まえた政策学的考察は,日本では皆無に近い。こうした先行研究の間隙を埋めるため,存亡リスク研究の理論枠組みの改良を提案し.主要なリスクを概観した上で,これらのリスクが提起する公共政策学上の課題を考察することが,本稿の目的である。
初めに存亡リスクの減少がもつ大きな価値を指摘した上で,このリスクをめぐる公共政策学的論点について考察するという目的を設定する。次に,存亡リスクの定義と位置づけについて,代表的学説を検討しその修正を提案する。そして,自然的リスク,現行技術がすでに惹起している人為起源リスク,近未来技術が招来しうる人為起源リスクを順に概観する。これらの作業に基づき存亡リスクが提起する公共政策学的課題について,政策フィードバックの不可能性を確認し,社会的割引率の無関連性を証示し,逆費用便益分析の部分的有用性を指摘する。最後に結論を述べる。