抄録
【はじめに】肘関節は,腕橈関節,腕尺関節,近位橈尺関節の3つの関節をもつ複関節であり,2つの運動を行う。〈BR〉1つは腕橈関節と腕尺関節によって行われる蝶番運動である。上腕骨軸と尺骨軸が一直線になる角度を0°の位置とすると,正常では約5°の過伸展,約150°の屈曲が可能である。〈BR〉もう1つは腕橈関節と近位橈尺関節で行われる前腕の回内外である。これは尺骨の周りを橈骨が回旋する動きであり,遠位橈尺関節でも同時に回旋が行われる。正常では約90°の回内,約90°の回外が可能である。〈BR〉今回,右尺骨骨折後に自発的に利き手交換を行った症例を報告する。
【患者情報】60歳女性。平成11年10月,職場の階段を踏み外した際,右手をついて受傷。平成17年8月には頚肩腕症侯群と診断された。
【評価結果】初期評価:右肘関節屈曲75°,伸展-20°。〈BR〉6ヵ月後:右肘関節屈曲85°,伸展-15°。〈BR〉平成17年8月:右肘関節屈曲85°,伸展-15°,右前腕回内10°,回外85°,右手関節背屈45°,掌屈30°,右握力8kg,左握力20kg。〈BR〉現在、食事動作は主に左手で行っている。主訴は整容動作,特に洗顔,洗髪困難である。
【治療歴】独居のため,受傷翌日に姉夫妻宅近くの病院にて手術。退院後,自宅近くの病院をリハビリ目的で受診。リハビリ開始時には、術後2週間以上経過していた。現在も自宅近くの整形外科へ月1回程度リハビリに通っている。
【考察】食事動作において,食物を口に運ぶ動作は,1.箸などを手に持ち,2.食物をはさみ,またはすくい,3.口までこぼさずに運び,4.口に入れて食べる,の4つの動作に分けられる。〈BR〉この際,関節可動域は動作に直接影響を与える因子として検討される。可動域は肩関節の外転,肘関節の強い屈曲と前腕回内外,MPの屈曲と母指の対立が特に重要となる。〈BR〉日本人では,食事道具は箸を使うことが原則となる。〈BR〉整容動作の範囲は性差や年齢などによって違いを生じるが基本的な項目としては,食事動作におけるリーチとほぼ同じ範囲のリーチで用が足りることが多い。しかし洗髪は手が到達すべき範囲が広くなる。〈BR〉本症例では,1.これ以上の関節可動域改善は困難,2.食事動作時の肘関節と手関節の動きを肩関節で代償している,3.代償運動に伴う肩の疼痛と凝り,4.仕事の関係上,他人と食事をする機会が多いなどから自主的に利き手交換を行ったと考えられる。
【まとめ】この症例は肘頭を含む尺骨骨折により,肘関節の可動域制限をきたしたものである。〈BR〉今まで「利き手交換」というと主に「脳血管障害における片麻痺のリハビリテーション」と考えがちであった。〈BR〉しかし本症例はリハビリテーションの過程でセラピストから勧められた訳でもなく,自ら利き手交換を選択した。〈BR〉リハビリテーションにおける日常生活動作の重要性を再認識できるよい機会となった。