抄録
【目的】
臨床において,評価や治療の手段として後進歩行を用いている場面を多く目にする.今回,前進歩行時はつま先の引きずりが見られたが,後進歩行後はそれが消失した症例を経験した.そこで,その要因を明らかにしていくため,後進歩行前後での立位姿勢の変化(足部・骨盤・胸郭の位置関係)に着目して比較し,考察したため報告する.
なお,対象者には書面にて本研究の趣旨を十分に説明し,自由意思のもと参加の同意を得た.
【方法】
≪症例紹介≫
中心性頸髄損傷の70代女性1名.
(評価)
・改良フランケル分類:D1
・ROM(両側):体幹屈曲10°,伸展-5°,
股関節伸展0°,膝関節伸展-5°,
足関節背屈:5°
・筋緊張(Modified Ashworth Scale使用):
体幹伸筋,股関節屈筋,膝関節屈筋…1.
足関節底屈筋…1+.
・立位姿勢:下肢は軽度屈曲位,足部に対し,骨盤は約5cm,胸郭は約14cm前方に変位している.また立位姿勢評価中,幾度か足関節底屈運動が生じ,踵が床から浮く場面が見られた.
≪計測内容≫
計測には,3次元動作解析置VICON MX(VICON社製)を使用.計測は,静止立位を各条件5秒間行い,中間の2秒間のデータの平均を算出した.条件は,『Before:後進歩行前(以下BFR)』,『After1:平行棒内(長さ3.6m)後進歩行2往復後(以下AFT1)』,『After2:更に平行棒内後進歩行2往復後(以下AFT2)』とした.
足部位置を左右外果の中点,胸郭位置を第7胸椎棘突起と剣状突起の中点,骨盤位置を左右上前腸骨棘と左右上後腸骨棘の4点の中央と定義した.
【結果】
・BFRに比べAFT1では,足部に対しての骨盤は0.11±0.14cm前方に,胸郭は0.43±0.28cm後方に変位した.
BFRに比べAFT2では,足部に対して骨盤は1.16±0.17cm後方に,胸郭は0.51±0.34cm前方に変位した.
・試行前立位姿勢評価時に見られていた足関節底屈運動は,AFT1,AFT2共に消失していた.
【考察】
後進歩行は後ろに重心を移動させていく連続動作である.試行前立位時には足圧中心が前方にあったために足関節底屈運動が戦略として生じていたと考える.
BFR・AFT1の比較をした結果,骨盤は前方へ,胸郭は後方へ変位している.そのことから,体幹伸展や胸郭を後方に移動することで,後方への推進力を代償し生み出していたと考えられる.また,足部に対する骨盤および胸郭の位置は,相対的には後方への要素が大きかったことから,足圧中心は後方に移動していることが推測される.これにより,試行後立位では足関節底屈運動が消失したと考える.
BFR・AFT2の比較をした結果,骨盤は後方へ,胸郭は前方へ変位している.立位姿勢は後進歩行距離が長くなるに伴い体幹が前傾するような姿勢変化が生じている.体幹前傾姿勢では足関節戦略が得られ難く,股関節戦略が優位となると言われている.また,後進歩行距離が長くなるに伴い,AFT1に比べ足圧中心がより後方に変位し,その際に本症例は前述したROM制限,筋緊張異常があることで足関節戦略では身体重心を制御できなくなったと推測される.これらのことから,AFT2では股関節を姿勢制御として優位に利用していたと考える.
【まとめ】
・後進歩行前後で立位姿勢の変化を確認した.
・各分節の位置関係や,立位姿勢保持の制御に影響を及ぼすことが示唆された.
・今後,症例を増やすと共に,関節角度や足圧中心等,より多くのデータを解析していくことで,今回示唆された現象を検証していく必要があると考える.