抄録
生体機能の概日リズムを制御する時計遺伝子の働きによって、薬物の効果や副作用の程度は服用する時刻の違いによって変化する。我々は、時計遺伝子がチトクロームP450の活性やトランスポーターの発現に24時間周期の変動を引き起こすことで、薬物の代謝や排泄能にも影響を及ぼすことを明らかにしてきた。
哺乳類動物における概日リズム中枢は視床下部の視交叉上核に位置し、自律神経やホルモン分泌などを介して消化管や肝臓など末梢組織での時計遺伝子の発現リズムを制御している。PAR-domain basic leucine zipper (PAR bZip) 蛋白であるDBP、HLF、TEFは、消化管、肝臓、腎臓などでリズミックに発現する転写活性因子であり、その発現リズムは時計遺伝子によって制御されている。我々はこれらPAR bZip転写因子が消化管におけるP糖タンパク質などのトランスポーター、肝臓での各種チトクロームP450の発現を制御し、その機能や活性に概日変動を引き起こすことを明らかにした。このような薬物代謝・排泄に関わる分子の発現リズムは、病巣部位への薬物の移行性やその効果にも影響を及ぼすため、薬物の至適投薬タイミング(一日の中での時刻)を設定することで、効果の増大や副作用の軽減が可能になる(時間薬物療法)。また、CREBファミリーのひとつであるActivating transcription factor 4(ATF4)は腫瘍細胞におけるBCRPやMRP2などのABCトランスポーターの過剰発現を引き起こし、薬剤耐性化に関与していることが指摘されているが、腫瘍細胞におけるATF4の過剰発現はp53の分解を促進し、抗がん剤に対する感受性を低下させていることを見出した。ATF4の発現は腫瘍細胞内においても概日リズムを示し、抗がん剤への感受性に時刻依存的な変動を引き起こしていることが明らかになった。
本シンポジウムでは時計遺伝子による薬物の代謝・排泄の概日リズム形成メカニズムについて概説し、抗がん剤の時間薬物療法の可能性について述べる。