人文・社会科学分野では、男性と不妊をめぐる問題はほとんど議論されてこなかった。本稿では、戦中期から戦後初期にかけての産婦人科医の言説を、母性保護概念と不妊医療、とりわけ非配偶者間人工授精に着目して分析し、このような状況が形成された背景を検証した。そして、家族研究における生殖補助医療技術をめぐる議論を進展させるための素材を提示しようと試みた。
結果、以下の点が示された。第一に、非配偶者間人工授精は、男性不妊への対処法であることは確かである。しかし、妊娠・出産と子育てが一体のものとして捉えられる母性保護概念との関係もあり、不妊男性を夫に持つ女性を救済するための処置として施術されていた面が強かった。第二に、非配偶者間人工授精は、提供精液を使用するという理由で、終戦時の家族をめぐる規範と対立する面がありながらも、戦後改革で志向された「夫婦単位の家族」という価値と接合可能な面を有していた。
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