本稿は、江戸中期の儒学者・蟹養斎(1705~78)の初学教育論を考察したものである。養斎は、朱子学の初学教育書『小学』を実際の教育課程に組み込んだことで知られる儒者であった。しかし『小学』学習にどのような成果を養斎が期待したかという点は、これまで全く言及されてはこなかった。そこで本稿では、『小学』が次の学習段階へどのように接続されるのか、養斎がその理論化を試みていたことを見た。『小学』の理論化によって養斎が目指したところとは儒学を知らない初学者に向けて、如何なる過程を経て学問成就が果たさせるのかの説明を試みる点にあった。以上のことからは、より多くの人々へと儒学が広まってゆく「大衆化」の時代を前にして、儒学が〈誰にでも開かれている学問〉であることを言い表そうと養斎が試みたことを窺い知ることが出来るのである。
本研究は、中国の小学校における道徳教育の特質と現代的課題を解明するために、「思想品徳」から「品徳と生活」への転換に着目しながら、中国の小学校における道徳教育の内容の変容について検討した。本稿では、小学校の道徳教育の基礎に当たる低学年について考察した。考察の結果、次のことが明らかになった。すなわち、『課程標準』に関して言えば、大きくは日本の視点と類似点も見られるが、中国の小学校低学年における道徳教育は、教師が行動や型を児童に一方的に押し付け、道徳的価値を単なる知識や行為として教えこもうとしている道徳教育から、児童のよい道徳性と習慣を育成させ、生活に情熱を持つように導くという道徳教育へ転換していることが分かる。教科書に関して言えば、中国の小学校低学年における道徳教育は、児童の立場から、相手への尊重や思いやりから価値についての自覚を内的に深め、道徳の大切さを理解させる道徳教育と考えられる。
本稿の目的は、今まで主題化されてこなかったカントの人間形成論的な宗教的道徳教育を解明することである。カント哲学において宗教とは、自らの道徳的な義務を最高善を実現するために要請される神の命令とみなすことである。このような宗教を人間形成の場で見れば、現実的には道徳性を顧慮しながら自然にふさわしい形で早いうちから宗教を子どもに教える必要がある。子どもはここでは自らの良心に、不可解で非合理的にも自らの利益を顧みずに行為する道徳的義務への関わりが存在することに心揺さぶられ、良心の内に宗教的なものを見出し、宗教的世界に触れるようになる。このような体験が道徳的な関心を支え、絶え間ない道徳的修練を可能にする。さらには、地理的な学びを通して多様な宗教を捉えることで、子どもは良心における神的な存在という宗教的な同一性を多様な宗教に見出し、宗派にとらわれない寛容な世界市民としての道徳的な人間へと形成されるようになる。
本論文は、中教審答申・別記「期待される人間像」に明記される「生命の根源」がいかなる概念であるかということを念頭に、主査として同文書をまとめた京都学派の哲学者・高坂正顕の歴史哲学を再検討する。教育行政に積極的に関与したことから高坂は、国家や天皇に従属する「人間像」を主張する国家主義者であると解されることが一般的であった。しかしながら彼の思索を吟味してみると、その根柢には西田哲学を継承した「絶対無」の思想が横たわり、一貫して絶対の不在が説かれている。特に本稿でみた『歴史の意味とその行方』1950では、人間性の超越的否定性なる性格ゆえに、歴史的世界に存するすべては絶対的相対性をその本質とする旨が強調される。そして高坂のいう「無」の概念を引き受けたとき、道徳教育は「無限の探究」という新たな可能性をひらくのである。
昭和33年の特設以降、半世紀以上実施されてきた「道徳の時間の学習」において、授業改善のための多様な工夫がなされてきた。しかし、「特別の教科 道徳」へと移行しようとしている現在においても、「道徳の時間の受け止めの悪さや形骸化」が指摘されている。本稿では、道徳の時間の在り方として、「人の生き方に根ざしている一つの価値が、他のどのような価値に支えられることで行為として実現可能になるかを追究する『複数関連価値統合型』の道徳の時間」の可能性について、実践研究をもとに論ずる。道徳的価値そのものを連関、統合してその総体を道徳性として組織化できるような道徳の時間を構想することは、学習指導要領の理念に叶うものである。児童・生徒の発達段階や受け止めの実態を考慮し、『複数関連価値統合型』による道徳の時間の学習を構想し実践することで、価値の内面的自覚を促進し、諸価値の統合による道徳性の育成を促すことが可能となる。
道徳的価値「礼儀」の学習において、特別活動をその実践の場として捉えた場合の学習内容について検討がなされた。学校教育において児童生徒の学習が期待される礼儀として50の内容が示され、特別活動における実践の可能性が検討された。その結果として、学校教育において学習が期待される内容のおよそ9割が特別活動の各活動および学校行事において実践可能であることが確認された。このように特別活動は教育課程の中でも礼儀の学習の場として有用であり、なかでも学校行事と学級活動がその中心的役割を果たすことが確認された。あわせて特別活動と道徳教育の連携を基盤とした礼儀の学習モデルが提示された。
本研究のねらいは、道徳の教科化への方向性が示されている中、道徳の時間における具体的な評価方法を示し実践を通して検証し、今後の評価のあり方の一助とすることである。まず、評価に際しての留意点として、ねらいの明確化と具体化することや自己評価を取り入れることの必要性を述べた。次に、具体的な評価方法としてチェックリストによる評価法、パフォーマンス評価、面接による評価法、ポートフォリオ評価の4事例を示した。この中のパフォーマンス評価では、ルーブリックを作成し活用することで生徒の記述文を評価して、道徳的価値の自覚の度合を可視化できることを示した。そして、これらの評価方法にはそれぞれの特性があり、一人一人の道徳の時間で学んだことを見取るためには相互補完的に組合せ評価することが重要であることを指摘した。また、長期的なスパンで生徒の道徳的成長を見取るにはポートフォリオ評価が有効であることも述べた。
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