生活大学研究
Online ISSN : 2189-6933
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5 巻 , 1 号
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  • 大貫 隆
    2020 年 5 巻 1 号 p. 1-21
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    初期ユダヤ教黙示思想に認められる終末論は宇宙史の終末論,魂の上昇の終末論,民族史の終末論の三つに下位区分される.しかし,アレクサンドリアのユダヤ人思想家フィロンにおいては,中期プラトン主義の影響を受けて,宇宙は神の最良の制作物とみなされる.そのため,宇宙の終わりについての終末論は成立しない.善人にも降りかかる自然災害の問題性は意識されているが,神の摂理の付属現象として説明されて終わる.―人間の魂には神的ロゴスと同じ叡智(理性)が宿っている.しかし,身体を通して働く感覚の惑わしの下にある.それを徳の涵養によって克服して,天に向かって上昇し,神を見ることに努めなければならない.ところが,その上昇は神の本質(ウーシア)を知る一歩手前,神の存在の事実(ヒュパルクシス)を知ることで終わる.フィロンはそれを超える途としての脱魂体験を示唆するが,それも究極的には理性の枠内にあり,同じ限界を超えるものではない.生涯にわたる徳の涵養と理性主義という点で,初期ユダヤ教黙示思想の中の魂の上昇の終末論とは明瞭に異なる.―フィロンは同時代のユダヤ教を席巻した政治主義的メシア運動を承知していたと思われるが明言は避けている.彼がその代りに説いたのは,徳の涵養を遂げた人 間から成る宇宙国家論であった.
  • 村上 民
    2020 年 5 巻 1 号 p. 22-35
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    本稿を含む3つの論考は、自由学園草創期(1921 年~1930年代前半)におけるキリスト教とそれに基づいた教育を、創立者羽仁もと子(旧姓松岡、1873–1957)・吉一(1880–1955)のキリスト教信仰との関係において検討することを目的とする。なかでも羽仁夫妻における「自由」と「独立」への関心に焦点をあてる。本稿では3つの論考に共通する問題意識を明らかにするとともに、最初の課題として松岡もと子、羽仁吉一の青年時代とキリスト教との出会いについて扱う。 羽仁もと子・吉一夫妻は、自身の信仰の事業として自由学園を設立した。その教育理念はキリスト教を土台としていたが、その最初期には直接的にキリスト教を標榜せず、当初は形の定まった礼拝も行われなかった。また、校名「自由」の意味をヨハネ伝との関係で定式的には語らなかった。羽仁夫妻は「自由」を自由学園の教育と宗教に深く関わるものとして、すなわち自由学園を名指すもの、決してとりさることのできないものとして堅持し、戦時下の校名変更の圧力に対してもこれに応じなかった。この「自由」は戦後もなお自由学園にとって問題(課題)でありつづけた。「自由」は自由学園の教育とキリスト教を考える上でキーワードとなるものだが、その含意は必ずしも自明ではない。 本稿を含む3つの論考では、「自由学園のキリスト教」を考えるために、まず自由学園の草創期(1921 年~1930 年代前半)を検討範囲とし、これを検討するために3 つの側面を取り上げる。 (1)松岡もと子、羽仁吉一の青年時代とキリスト教との出会い (2)羽仁もと子、吉一の出版事業とキリスト教との関わり (3)羽仁夫妻の「信仰の事業」としての自由学園創立とそのキリスト教
  • 村上 民
    2020 年 5 巻 1 号 p. 36-60
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    松岡もと子(1873–1957)と羽仁吉一(1880–1955)は、それぞれの青年期にキリスト教と出会っていた。もと子は1897年頃、吉一は1900年に報知新聞に入社した。1901年に二人は結婚、退社し、1903年に内外出版協会からの家庭雑誌発行を請け負う形で雑誌『家庭之友』を刊行する。羽仁夫妻は「新しい」家庭建設の問題意識を直接に反映させた雑誌づくりを企図した。『家庭之友』には当時の羽仁夫妻の交友関係が色濃く反映しており、ユニテリアン、婦人矯風会の「母の会」などの先進的な取り組みや知見が多く取り入れられている。 羽仁夫妻は『家庭之友』編集の仕事のほかに、自分たちで『家庭女学講義』を刊行準備していたが、その最中の1906 年3月、夫妻は二女凉子を急性肺炎のために失う。夫妻は愛児の死に直面して信仰を深め、自らの人生における事業の目的を「天国を得るため」と言明するにいたる。彼らの信仰の深まりはその内面生活にとどまらず、この世界に生を受けた者が「何の為めに働く乎」を問い直し、「天国を得んとして」独立して生きる「行動」へと、夫妻をうながした。羽仁夫妻は内外出版協会やその他の仕事から退き、独立して、自宅を発行所として雑誌『婦人之友』を創刊する(1908年)。信仰と事業の拠点を自らの家庭に据えての再出発であった。 『婦人之友』編集および営業上の「大刷新」(1911年)を経て、羽仁夫妻の雑誌は徐々に発行部数を増やし、1913年に羽仁夫妻は社屋・自宅を雑司ヶ谷上り屋敷に新築する。ここを拠点に、婦人之友社は出版事業にとどまらない宗教的・文化的活動を展開した。そのひとつに、富士見町教会牧師の植村正久指導による「礼拝」があった。羽仁夫妻は出版を中心とする自らの事業について、「全事業が凡て基督の御名の尊崇められんがため」と捉え、植村正久はこの「礼拝」が将来的にキリスト教会へと発展することを願っていたという。 1919年頃、羽仁夫妻は植村に「自由学園設立の念願」を打ち明け、植村は驚きつつも二人の教育事業は彼らの伝道であると受けとめ、これを支援した。
  • 村上 民
    2020 年 5 巻 1 号 p. 61-85
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    羽仁もと子、吉一は、1921年に自由学園を創立した。本科(女学校)5年、文学科・家庭科(高等科)2年からなる女子教育機関として、高等女学校令に拠らない各種学校としての設立であった。設立目的等にキリスト教は明記されず、また最初期には決まった形の礼拝はおこなわれなかった。 羽仁夫妻は、神を慕う心は人間の最奥の心の働きであり、これを無視・軽視した人間教育は成立せず、教育は宗教を問題にしなければならないとの確信をもっていたが、教育にも宗教にも決して圧迫(詰込み)があってはならないとして、生徒の自由な探究の生活を重んじ、懇談や修養会を通して礼拝へと生徒たちを導いた。また宗教史や倫理学、キリスト教社会事業など様々な学びも配置された。羽仁夫妻はこうした宗教教育を、1920~30年代前半にかけて植村正久や高倉徳太郎の指導によって深めていった。特に高倉徳太郎と羽仁もと子は自由の問題をめぐって長く対話を続けた。 自由学園の教育実践は1920年代後半から社会運動にも広がりをみせた。当時、労働問題や農村問題等の社会的課題に対して様々な立場からの社会活動が展開しており、自由学園はその教育の立脚点と目的を明確にする必要にも立たされていた。1931年に自由学園は創立10周年を迎え、学園長羽仁もと子は、自由学園の根本精神は神を信じることにあり、その教育と生活に最も力強い権威、すなわちキリストがあると言明した。1932年、羽仁もと子はフランス、ニースで行われた第6回新教育連盟世界大会で「それ自身一つの社会として生き成長しさうして働きかけつつある学校」と題する講演を行った。前年の満州事変とその後の世界情勢に対して、教育を通じた社会改造の道を模索しつつあったもと子は、この講演のなかで、自由学園の実践を引きながら教育と宗教における自由の重要性を述べ、キリスト教に立脚した自由教育が平和建設に寄与すべきと主張した。
  • 武蔵野台地 黒目川流域を中心として
    奈良 忠寿
    2020 年 5 巻 1 号 p. 86-96
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    縄文時代中期加曽利E式期の遺跡から出土する深鉢形土器の大きさを口縁部直径を指標として集計し、通時的な傾向を把握したのちに、時期や遺跡の規模・立地で分け、比較した。その結果、黒目川流域を中心とした限られた範囲ではあるが、土器の大きさがその遺跡の規模や立地と関連性がみられる場合があり、集落研究の新たな指標の一つとなりうることを示した。
  • 16th World Gymnaestrada 参加報告
    早野 曜子, 本谷 聡
    2020 年 5 巻 1 号 p. 97-107
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    現代の私達の生活はITの普及により、自国に居ながら国を超え情報交換や交流を行うことが可能となった。つまり、身体活動を伴わずに、多くの情報を共有し国際理解や国際交流ができる時代となっている。一方、人と人が同じ時間と場所を共有し共通体験することでしか得られない交流や国際理解があるのではないかと考える。本稿は、2019 年7月にオーストリアで開催された第16回 World Gymnaestrada(世界体操祭)参加を通し、大会の主旨である多様性への理解、体操を通した国際理解についての質的アプローチからの検証、また、体操をめぐり異なる背景をもつ筑波大学体操部と自由学園最高学部の学生が世界体操祭参加を通し体験した体操への理解、さらに、国際理解に対して体操が持つ可能性について考察する。
  • 歴史的遺構としての武蔵野鉄道東久留米駅構外側線
    吉川 慎平
    2020 年 5 巻 1 号 p. 108-123
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
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    旧・中島航空金属田無製造所専用線(旧・武蔵野鉄道東久留米駅構外側線)は,武蔵野鉄道武蔵野線(現・西武鉄道池袋線)東久留米駅(貨物)側線から分岐し,中島航空金属株式会社田無製造所内に至る全長2.45 km(実質),軌間1,067 mm, 非電化の単線である.第二次世界大戦末期の1944(昭和19)年に工場への資材輸送等を目的に急造したものの,1945(昭和20)年8 月15日の終戦による工場の操業停止で事実上の廃線となった極めて短命な線路である.専用線跡は一部区間が東久留米市の緑地(緑道)として残されている他,所々に当時の痕跡を留めており,地域の土木遺産,戦争遺跡,鉄道廃線跡として後世に残すべき歴史的遺構といえる(一部が東久留米市の旧跡に指定).一方,専用線供用当時の実態については僅かな資料・証言が残るのみで,列車の写真等も発見されておらず,その実態についてよく分かっていないのが現状である.そこで本研究では,専用線跡の積極的な保存・活用に向けた提言をまとめることを念頭に,まずは当該専用線に関する事実関係をまとめることとした.具体的にはこれまでに専用線について記述された文献・資料の総合的なレビューを通じ既往研究の展開を整理するとともに,収集した資料・証言から読み取れる事柄を基に専用線について通史的にまとめた.またそこから不明点,疑問点等を挙げ,考察を加えるとともに今後の調査・研究課題として列挙した.なお,本稿では専用線の廃止(終戦)までを対象とし,その後の経過については続報としてまとめることとした.
  • 『南澤花鳥暦』と和田八重造
    大塚 ちか子, 下野 明子, 松田 こずえ
    2020 年 5 巻 1 号 p. 124-135
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
    ジャーナル オープンアクセス
    武蔵野南沢の自然誌(予報)に記した和田八重造指導による『南澤花鳥暦』は、1938年と1940年の『学園新聞』(自由学園出版局)の記事以外には、この調査研究についての資料が所在不明である。本稿では、資料室に寄贈されていた当時高等科3年の科学グループの一員であった卒業生の原稿を掲載する。当時の調査研究の概要、とくにその目的と方法についての和田八重造の指導に関して詳細に記されている。さらに科学グループの2年間の研究テーマとの関連について記している。戦時下の厳しい状況での学生生活が活写されている。今後、資料の所在が判明し、それを紐解くことによって武蔵野南沢の自然への理解が深まることを願う。
  • 角田 燎, 松島 耕太, 二井 彬緒
    2020 年 5 巻 1 号 p. 136-138
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では、2019 年9 月28 日に自由学園最高学部において開催された、第2 回リベラル・アーツ研究会で報告された下記二つの報告、また総合討議について紹介する。 • 学術報告1:松島耕太“中山間地域における内発的発展の再検討” • 学術報告2:角田燎“特攻隊慰霊の歴史–戦争体験世代から戦後派世代への「継承」と固有性の喪失” • 公開討論会(司会二井彬緒)
  • 遠藤 敏喜
    2020 年 5 巻 1 号 p. 139-142
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
    ジャーナル オープンアクセス
    自由学園最高学部(大学部)の2018 年度の4 年課程卒業研究は29 人が22 のテーマ(個人研究19・共同研究3)に取り組んだ.2 年課程卒業勉強は5 人が1 つのテーマに取り組んだ.成果はそれぞれ論文にまとめられ,2019 年3 月2 日(土)開催の報告会で発表された.学生は“皆で創り上げた”達成感と“大きく成長できた”実感を得ていた.
  • 神 明久
    2020 年 5 巻 1 号 p. 143-144
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/06/13
    ジャーナル オープンアクセス
    自由学園最高学部(大学部) の2018 年度生活経営研究実習報告会は2019 年3 月8 日に行われた.1年生と2 年生の全員が,所属する研究実習ごとに,活動内容や考察を口頭発表した.
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