本研究の目的は、ベルクの特性「音楽と文字文化の渾然一体」の行方を検証することである。この特性は、音楽と文字文化への耽溺によって少年時に醸成されたものであり、独学時代の作曲家が歌曲ばかりを書いたのは当然であった。シェーンベルク門下時代には、師の「堅固な構造を」を第一義とする教程のもと、彼の特性は前面から後退した。それでもベルクは教程外で多くの歌曲を書き、「堅固な構造」に特性を盛る方法を模索した。編み出された技法は、自作品引用とアルファベット埋め込みによって独自の詩解釈をメッセージとして密かに盛り込む、というものであった。ここに特性は潜行することとなった。
本研究では、ベルクの学習時代後半の作品で、師に評価された歌曲「風はあたたかく」を取り上げる。ベルクは、この作品の出版譜を、 教程外で書いた「僕の両目をふさいでおくれ」の手稿に重ねる形で手稿集に潜ませている。出版譜を手稿集に収録する、という矛盾した行為を分析した結果、本作品もまた、メッセージを発していることが分かった。込められたのは、ドビュッシーと師と自身についての複雑な想いである。重ねられた 「僕の...」 からの引用、共通するアルファベット埋め込みと詩解釈の合体は、極めて手が込ん でいる。‘ 手稿集への収録 ’ は、メッセージに誰かが気づくためのサインであった。師のお墨付きを得た「風はあたたかく」は、特性 のさらなる潜行と顕現願望を同時に示す作品なのである。
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