我々は有機合成化学的に創出した機能性小分子を用いて生命現象の理解に取り組んでいる。
(1)細胞小器官標的型Zn2+蛍光プローブの開発
亜鉛は鉄についで多く体内に存在する必須微量元素であり、蛋白質の構造安定化や補酵素として機能している。しかし、細胞内で遊離イオンとして存在するのはごく微量(pM~nM)であり、ほとんどの亜鉛は蛋白質に結合した状態で存在している。細胞内オルガネラのZn2+恒常性は、亜鉛トランスポーターやメタロチオネインにより厳密に制御されている。恒常性の破綻はZn2+関連蛋白質の成熟と機能に影響を及ぼすため、神経変性疾患など様々な疾患の原因になり得る。そこで我々は、Zn2+の生理的機能解明における基盤技術の創出を目指し、これまでに、pH変化に影響されにくい緑色蛍光Zn2+プローブZnDAを開発し、HaloTag標識技術を利用することで様々なオルガネラ内遊離Zn2+濃度の定量解析を達成してきた。
(2)細胞内蛋白質の機能解析のための光操作技術の開発
細胞内の多くの蛋白質は、特定の時間・場所でその機能を発現している。したがって、細胞内蛋白質の人為的な局在制御法は、蛋白質機能の解明やシグナル伝達経路の詳細解析のための有力なツールである。その代表的な手法として、光受容蛋白質を用いるオプトジェネティクスがあり、光刺激の程度・時間を調節することで、同一のシグナル伝達経路で異なる細胞応答を誘起可能であることが示されている。
ごく最近、我々はフォトクロミック蛋白質二量化剤pcDHを開発し、生細胞内の蛋白質間相互作用を光操作する技術を確立した。pcDHは、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素(eDHFR)に対するフォトクロミックリガンドとHaloTagリガンドから構成されており、紫外~可視光照射によるアゾベンゼン骨格の可逆的な光異性化を利用することで、eDHFRとHaloTag間の蛋白質間相互作用を光制御可能である。この性質を活かし、生細胞内で標的蛋白質局在を光照射依存的に繰り返し制御を達成している。さらに、pcDHを用いた蛋白質局在変化に要する時間は1秒未満であり、既存の技術と比較しても十分早い。そこで、本技術を用いたマイトファジー誘導の光制御法を確立した。本光制御技術は、高速かつ光可逆的な蛋白質局在の制御が可能なため、様々な細胞内シグナル伝達の分子機構解析に応用できると期待される。
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