1. 背景と目的
原子力発電所で発生する使用済み燃料の再処理工場では,オフガスから放射性ヨウ素が回収される予定である。これらは銀系吸着材を使用したヨウ素フィルターで回収する予定であるため,長半減期核種である放射性ヨウ素(I-129)を多く含有した固体廃棄物として使用済み銀系吸着材(以降,廃銀吸着材)が発生する。I-129は半減期が1570万年と長いため,将来的に廃銀吸着材は地下深部の処分場に埋設し,人間生活圏から隔離することによって,安全が確保される見通しが報告されている。
廃銀吸着材はヨウ素を化学吸着により除去するため,I-129は主にAgI(ヨウ化銀)として存在する。処分環境で予想される還元性雰囲気下では,廃銀吸着材が地下水と接触するとAgIはAg
0(金属銀)に還元され,I-(ヨウ素イオン)が地下水中に溶解する。溶解したI-は岩盤および処分場の充填材料(セメント等)への吸着率が低いことから,I-129は人間生活圏に移行し易く,廃銀吸着材を埋設した処分場からの被ばく線量当量を評価すると,I-129の寄与は大きいとされている。
日本では,I-129が放射性廃棄物処分における安全性評価の上で重要な核種であると評価されており,処分の合理化や安全性の一層の向上を目指すために廃棄体によるヨウ素閉じ込め性能の向上を目的とした研究開発が重要であると位置付けられている。
本報は,高温・高圧環境である地下深部でのケイ酸塩鉱物等の変成・続成作用の研究に活用されているHIP (Hot Isostatic Pressing:熱間等方圧加圧)法により作製した岩石状の廃銀吸着材固化体中のヨウ素固定化構造を評価したので,その結果を述べる。
2. 対象廃棄物とヨウ素固定化処理の考え方
ヨウ素吸着材は一般に母材に銀を添着させたものが利用されているが,母材の種類により銀シリカゲル,銀アルミナ,銀ゼオライトがある。今回対象としたヨウ素吸着材は,非晶質SiO
2ゲルを球状に成形し,硝酸銀を添着させた銀シリカゲル(“Ag-SGL”)である。前述のI-129の処分場での溶解・吸着を考慮すると,廃銀吸着材に含まれるI-129を長期間固定化するには大別して2つの方法が考えられる。
1つは廃銀吸着材をそのまま(またはI-129を分離して)固化処理し,表面積が小さく,長期耐久性に優れた固化体を得ることにより,固化体中から地下水中へのヨウ素の放出率を極小化する方法である。他の1つは地下水中に放出されたI-129を吸着保持する方法である。処分場の環境条件下でのセメント・ベントナイトへのヨウ素の分配係数は0または0.0001m
3/kg(核種の濃度に依存)と評価されており,現状では必ずしも十分ではない。
本研究では,前者(廃銀吸着材をそのまま処理して固化体を得る方法)を選択した。処理方法には,天然事象の例から長期間安定な岩石に比較しうる固化体を得ることが可能であり,高温処理中に高圧条件を維持することによりヨウ素の揮発(オフガス系への移行)を防止し,2次廃棄物を著しく低減できるHIP法を選択した。HIP法の原理図をFig. 1に示し,装置の外観をFig. 2に示す。一般産業界において,HIP法は緻密で高強度なセラミックを製造する設備として多く用いられており,高強度切削工具等の高強度材料,粉末冶金歯車等の高靭性材料,フェライト磁気ヘッド等の電子部品が製造されている。また,地球科学の研究分野においては,HIP処理したケイ酸塩は水分含有量に応じて結晶質または非晶質のマトリックス構造となることより,高温・高圧環境である地下深部でのケイ酸塩鉱物等の変成・続成作用の研究に活用されている。
花崗岩等の天然の硬質岩は高密度・高強度であり,地下環境中で長期耐久性を有している。硬質岩はマトリックス(岩石の母材)自身は溶解しにくく,透水し難いことから容易には内部の化学成分が放出されない。
HIPにより廃銀吸着材をそのまま処理して得た固化体は,上述の硬質岩と同様の長期耐久性とヨウ素固定化性能を持たせることを目標に設定した。本報では,HIP処理により,あたかも花崗岩のような岩石状となるこの固化体をHIP岩石固化体(“Rock” solidified waste by HIP)と呼ぶものとする。
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