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全文: "ブータン"
762件中 1-20の結果を表示しています
  • ファルマシア
    1993年 29 巻 7 号 739-741
    発行日: 1993/07/01
    公開日: 2018/08/26
    ジャーナル フリー
  • 高田 将志
    地学雑誌
    1992年 101 巻 4 号 Plate3-Plate6
    発行日: 1992/08/25
    公開日: 2009/11/12
    ジャーナル フリー
  • 宮本 万里
    アジア・アフリカ地域研究
    2004年 4 巻 1 号 86-110
    発行日: 2004/07/31
    公開日: 2018/12/05
    ジャーナル フリー

    Until the 1980’s, the Royal Government of Bhutan developed natural and human resources for the purposes of economic development, while attempting to make a

    national culture by emphasizing cultural differences from other countries, in language, dress etc. However, in the late 1980’s, the government tried to control the speed of development and proclaimed environmental conservation as the main national objective of Bhutan. It has considered that the thinking of Mahayana Buddhism, the national religion, enconpassed environmental ethics of global environmentalism. This means that Royal Government of Bhutan adopted global value, environmental conservation, as a strength of national identity or national culture. Then their “Traditional Buddhist Culture” changed from what represented Bhutanese uniqueness and cultural differences to what it had similarity with “Global Culture.”

    In this paper, I will focus on the historical change of government policy concerning forest management and conservation in Bhutan and clarify the turning point in the change from forest development to environmental conservation. Forest development policy emphasizes forestry development and plantation projects. On the other hand, environmental conservation appreciates intrinsic value of the forest and nature itself and tries to conserve it. I consider that the commitment made to environmental conservation since the 1990’s by the Royal Government of Bhutan means that they changed the principle on which national culture was to be built as well as forest policy itself. My interest in this paper is to show the moment and process of these changes in modern Bhutan.

  • 松山 博明
    日本体育学会大会予稿集
    2017年 68 巻
    発行日: 2017年
    公開日: 2018/02/15
    会議録・要旨集 フリー

     本研究ではアジア貢献事業の海外派遣サッカー指導者が指導している2016年ブータン代表チーム選手の競技力に関するJFAフィジカル測定およびDIPCA.3の実態を明らかにして、ブータンサッカー発展の為に必要な強化策、及びトレーニング内容を提示することを目的とした。ブータン代表チーム選手のレギュラー群と非レギュラー群の2群に分け比較検討した結果、以下の内容が明らかになった。JFAフィジカル測定に関しては、レギュラー群が非レギュラー群に比べて、ロングキック左足1ステップに有意に高値を示した。DIPCA.3に関しては、レギュラー群が非レギュラー群に比べて、決断力に有意に高値を示した。

     以上のことから、ブータンサッカーは、全体のレベルアップを図るために、育成年代から非利き足と決断力を養うトレーニングを多く取り入れていく必要があると考えられる。

  • 熊原 康博
    日本地理学会発表要旨集
    2013年 2013s 巻 P046
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    1. はじめに 長さ2500kmに及ぶヒマラヤ前縁には,インドプレートとユーラシアプレートのプレート境界に沿って活断層が発達する.しかし,ブータン国内の活断層は断片的な情報にとどまり,他のヒマラヤ周辺地域と比べて活断層に関する情報が極めて乏しい.長大な活断層系がどのように分割して大地震を発生させるかを,断層の幾何学的パターンから考える上で,ブータンの活断層分布を明らかにすることは重要な意義をもつ.本発表では,2010年8月(3週間),2012年8月(3週間)に,ブータン政府関係機関にて空中写真判読をおこなった結果を報告する.また,地質構造,ネパールの活断層分布との比較をおこない,ブータンの活断層分布の特徴を議論する.2. 使用した空中写真及び地形図について 空中写真は,ブータン政府貿易工業省地質鉱山局及び内務省測量局が保有しているものを利用した.空中写真の縮尺は1:12,500,1:15,000,1:25,000で,撮影年は1988年,1990年のものである.断層分布,変位様式を書き入れた地形図は,地質鉱山局所有の縮尺5万分の1地形図である. 3. 断層分布の特徴 空中写真判読により,明らかになった点は以下の通りである.1)ブータン南部(主に北緯27°以南)・主に東西走向の断層が多い.・長さ30kmより短い断層からなり,地域によっては東西走向の断層が数条にわたり重複して分布する.・東西走向の断層のうち,平野と山地の境界では北側隆起の断層変位を示すが,山地内は南側隆起の断層が多い.・91°Eより東部では,断層の密度が小さくなり,主境界スラスト(Main Boundary Thrust: MBT)沿いにトレースが集中する傾向が認められる.2)ブータン中部・北部・南部に比べて分布密度が低い.ただし,91°Eより東部では比較的活断層が分布する.・北西-南東走向の断層は右横ずれ変位,北東-南西走向の断層は左横ずれ変位をもつ断層が認められる.4.地質構造と断層分布の関係 ブータンの地質構造において,他のヒマラヤと大きく異なる点は,シワリク丘陵の発達が極めて悪く,一部で欠落していることである.また,過去のプレート境界であるMBTや主中央スラスト(Main Central Thrust: MCT)も平野に近いところに認められる. 断層が周密に分布するブータン南部の活断層は,MCTとMBTの間,いわゆる低ヒマラヤ内に発達する.この特徴は,ネパールの活断層分布が,MBTやMCTなどの主要地質構造線に集約的に発達し,低ヒマラヤ内では分布密度が低いことと対照的である.ただし,91°Eより東部では,MBTに沿って断層が認められることからネパールヒマラヤと類似した断層発達とみられる.このような断層発達の違いは,長期にわたるプレート衝突の形式が,ブータンで他地域と異なっているため,低ヒマラヤ内に数多くのスラスト構造が発達した結果,その構造を利用して現在活断層が再活動していると予想される. ブータン中部や北部は,MCT背後の高ヒマラヤにあたるが,必ずしも地質図で示される地質境界沿いには発達していない.附記 本研究は,科学研究費補助金(若手研究(B))および,JICA/JSTブータンGLOFプロジェクトの経費を用いて実施した. 
  • 越智 士郎
    写真測量とリモートセンシング
    1991年 30 巻 1 号 40-42
    発行日: 1991/02/28
    公開日: 2010/03/19
    ジャーナル フリー
  • Manfred Ringhofer
    現代社会学研究
    2001年 14 巻 193-202
    発行日: 2001/06/29
    公開日: 2009/11/16
    ジャーナル フリー
  • 豊田 哲也
    国際教養大学 アジア地域研究連携機構研究紀要
    2016年 3 巻 1-11
    発行日: 2016年
    公開日: 2018/09/27
    ジャーナル オープンアクセス
    ブータンでは国土の51%が保護地域(国立公園あるいは野生動物保護区等)に指定されている。アジア諸国の中だけでなく、世界的に見ても極めて高いカバー率である。2008年制定のブータン憲法には森林率への言及もある。ブータンの積極的な自然保全政策の背景には、国際観光産業の振興を求めるブータンの独自の事情がある。しかし、ブータンの保護地域内には多数の村落があり、国家の観光戦略の実現のために地域住民との利益の調整が不可欠である。そのために、ブータン政府は、生活インフラの近代化によって地域住民から環境保護への協力を引き出すとともに、民泊の提供等の形で地域住民の参加させるエコツーリズムを推進している。ブータンの自然保護政策は、保護地域内に多くの住民を抱える他のアジア諸国にとっても参考となるであろう。
  • 岩崎 智治, 桑野 健, 戸沢 正徳, 原 崇, 齋藤 高
    日本地すべり学会誌
    2017年 54 巻 4 号 139-145
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/09/05
    ジャーナル フリー
  • 茂木 睦
    地学雑誌
    2001年 110 巻 3 号 449-453
    発行日: 2001/06/25
    公開日: 2010/02/25
    ジャーナル フリー
  • 太田 利隆
    コンクリート工学
    2012年 50 巻 11 号 1041
    発行日: 2012年
    公開日: 2013/11/01
    ジャーナル フリー
  • 熊原 康博, 小森 次郎, Jamyang Chophel, 橋爪 誠
    日本地理学会発表要旨集
    2012年 2012s 巻 P1111
    発行日: 2012年
    公開日: 2013/03/08
    会議録・要旨集 フリー
    1. はじめに 長さ2500kmに及ぶヒマラヤ前縁には,インドプレートとユーラシアプレートのプレート境界に沿って活断層が発達する.これまで,パキスタン,インド,ネパールにおいては,多くの研究によって,その分布および変位様式の概要が明らかになっている.しかし,東西350kmのブータンとインドとの国境域は,Nakata (1972)やYagi et al. (2002)があるものの断片的な情報にとどまり,他のヒマラヤ周辺地域と比べ活断層に関する情報が乏しい地域である. 我々は,2010年8月の3週間にわたり,ブータン政府関係機関にて空中写真判読をおこない,ブータン南部の活断層の分布および変位様式について明らかにした.その結果,ブータン南部のゲレフ(Gelephu)周辺において,断層変位地形が明瞭に発達することが明らかとなった.本発表では,2011年3月に,ゲレフ周辺の現地調査を実施した結果を報告する.
    2. ブータン南部の断層分布の特徴 空中写真判読により,明らかになった点は以下の通りである.1)主に東西走向の断層が多い.2)ブータン南部全体に連続する断層はなく,長さ30kmより短い断層からなり,地域によっては東西走向の断層が4~6条にわたり平行して分布する.3)東西走向の断層のうち,平野と山地の境界では北側隆起の断層変位を示すが,山地内は南側隆起の断層が多い.4)山地内の断層には,北西-南東走向の断層は右横ずれ変位,北東-南西走向の断層は左横ずれ変位をもつ断層が認められる. 以上の特徴は,同じプレート境界にあたるネパール南部の断層発達とは異なる.
    3. ゲレフ周辺の断層変位地形の特徴(図1) ゲレフ周辺では,北方の平野と低ヒマラヤ山地との境界からゲレフの東部にかけて連続的に発達する.ただし,ゲレフ北西部では断層線は一本であるのに対し,ゲレフの北東部から東部では断層が5条以上に平行に発達するなどの違いが見られる. ゲレフの東を流れるマオ川の両岸では,山地から平野へ出る箇所で,少なくとも高さの異なる3段の段丘面が累積的に,北側隆起の変位を受けている.またDanabariから東では,5面以上の段丘面が逆に累積的に北落ちの断層変位を受けていることが明らかになった.また,山地側の断層トレースには低い段丘面上に断層変位が認められないことから,断層変位の位置がより平野側へ移動している.
  • 松山 博明, 中村 泰介
    日本体育学会大会予稿集
    2018年 69 巻
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/01/18
    会議録・要旨集 フリー

     ヒマラヤに抱かれた王国ブータンは、南アジアの中国とインドの間に位置する人口約70万人、面積も九州の1.1倍ほどしかない小国である(青木ら、2010)。スポーツにおける国技は、弓技(ダツェ)である。国民は、週末になると仲間と集まって弓技(ダツェ)やブータン式ダーツ、石投げ(デゴ)などをたしなむことが多い(山本,2001)。しかし、最近、サッカーも2018年ロシアワールドカップ1次予選を突破したことで国民全体に非常に人気が出てきている。そこで、本研究では人気が高まったサッカーのグラスルーツ活動における育成年代のコーチング環境の実態を明らかにすることを目的とした。研究方法として、グラスルーツ活動に参加した育成年代選手を対象にサッカーの動機づけに関するアンケート調査を行った。その結果、育成年代全体(9~15歳)では、目標設定や練習回数に優位さが見られた。また、発育発達年代別に分析するとゴールデンエイジ(9~12歳)では優位差が見られなかった。ポストゴールデンエイジ(13~15歳)では、練習回数や時間に優位差が見られた。このことから、ブータンにおいても、男女の選手のサッカーに対する考え方が、年齢と共に少しずつ変化していると考えられる。

  • 秋吉 祐子, 増子 隆子
    MACRO REVIEW
    2006年 18 巻 1-2 号 61-67
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/07
    ジャーナル フリー
    本稿の目的は生物存続の条件となっている多様性の原則および生物存続の要件である物質の循環を稲作に継承しているブータンの多品種栽培および有機栽培の実情を考察し、その意義を検証することにある。本稿は2005年年7月26日から30日までブータンでTARF(アジア稲文化機構)が行った3件の米生産者の聴き取り調査をデータベースとした。本考察において、多品種・有機栽培方式の継承がその地域の独自の自然的文化的要件によるところを示唆されている。持続可能な社会の前提である生物多様性の原則を維持する必要性に加えて、気候変動、自然災害および人為的営みの結果増大する被害が世界的に頻発している中で、それに備える意味においても慣行の単一・化学物質多投与ではなく、多品種・有機栽培を真剣に考え、実行に移す必要性があると結論される。
  • 川浦 昭彦
    国際経済
    2001年 2001 巻 52 号 103-104
    発行日: 2001/10/19
    公開日: 2010/07/07
    ジャーナル フリー
  • 木内 均
    日本育種学会・日本作物学会北海道談話会会報
    1999年 40 巻
    発行日: 1999年
    公開日: 2017/04/28
    会議録・要旨集 フリー
  • 秋吉 祐子, 増子 隆子
    MACRO REVIEW
    2005年 17 巻 2 号 27-31
    発行日: 2005年
    公開日: 2009/08/07
    ジャーナル フリー
  • 内村 泰
    食品と低温
    1985年 11 巻 3 号 87-94
    発行日: 1985/09/20
    公開日: 2011/05/20
    ジャーナル フリー
  • 藤原 整
    社会情報学
    2016年 5 巻 2 号 1-17
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/02/03
    ジャーナル フリー

    ヒマラヤ山麓の小王国ブータンは, 長く鎖国状態に置かれていたが, 1960年代に開国すると, 以後半世紀に渡り, 近代化を推し進めてきた。2008年, 世界でも例を見ない, 主権者である国王自らの手による民主化を果たし, 議会制民主主義国家として歩みはじめたばかりである。

    一方, 情報通信分野についても, 長い間, マスに満たない伝播型のメディアのみが存在しており, 情報化が加速したのは1990年代に入ってからであった。1999年, 時の第4代国王が情報の解禁を宣言し, テレビとインターネットが同時に流入するという, 前代未聞の情報化が進められてきた。

    本論では, 並行して進められてきたブータンの民主化と情報化の歩みを丁寧に辿り, 両者がどのような関係を結びながら今日まで進められてきたか, その実像を探っていく。それに先立ち, まず, 近代から現代に至る民主主義とメディアをめぐる潮流について整理し, ブータンの事例を考察する足掛かりとする。

    本論の核となるのは, 2013年ブータン国民議会選挙を事例としたフィールド調査とその結果の考察である。選挙という民主主義の実践の場面で, ブータンのメディアがどのような役割を担っていたか, そして, 有権者はどのような情報に接触し選択へ至ったのか, それらを, 実際の報道内容とインタビュー調査を元に紐解いていく。最後に, 政府・メディア・市民の三者の関係性について, 理論モデルとブータンモデルを比較検討し, ブータンにおける民主化とその中でのメディアの役割を浮き彫りにする。

  • 脇田 道子
    日本文化人類学会研究大会発表要旨集
    2013年 2013 巻 H10
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/05/27
    会議録・要旨集 フリー
     インド北東部に位置するアルナーチャル・プラデーシュ州のタワン県、西カメン県、そして地続きの山岳国境を隔てたブータン東部のサクテン、メラ地区は、両国の中でも開発の遅れた辺境地域である。その主たる住民であるインド側のモンパ、ブータン側のブロクパは類似の文化を共有し、民族的にも近縁関係にあるが、いずれもそれぞれの帰属する国家の中では少数派の集団である。 1959年のダライ・ラマ14世のインド亡命、それに続く1962年の中印国境紛争は、チベットとの文化的、経済的関係が濃厚であった両地域をそれぞれの国家との関係強化へと向かわせる大きな転換点となった。それから半世紀経ち、両地域とも、近年になって外国人ツーリストの入域禁止が緩和され、逆に観光開発の対象地として注目されはじめている。本発表では、インド、ブータンの国境地帯に住むモンパとブロクパとが迎えつつある近代化の諸相を始まったばかりのツーリズムを軸に考察する。
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