1. はじめに ベトナム中部のTam Giang Lagoonでは、1999年の大洪水をきっかけに、2カ所の湖口付近で激しい海岸浸食が発生し、現在まで住宅数百戸が移転しさらに数十戸が移転を迫られている。また2カ所の湖口間の海岸でも、最近約50年間に砂浜が幅最大約100m侵食され、既存の集落だけでなく、新しいリゾート施設や重要なチャンパ時代の遺跡、また海岸砂丘上のエビ養殖など、地域の社会や文化に様々な影響が出ている。本研究では、まずタムジャンラグーンの海岸地帯4カ所での
海岸侵食
の実態とその影響について紹介し、そしてそれぞれの事例での対応策について、地球温暖化に伴う将来の海面上昇の影響も考慮し、長期的な視点から検討した。
2. 方法 1968年、1994年、2002年発行の地形図と、2007年、2009年撮影の衛星画像を利用し、海岸線の変化を明らかにした。そして研究対象地区の各役所の担当者および地域住民に対し、これまでの
海岸侵食
の実態と影響、また
海岸侵食
への対応について聞き取りを行い、現地調査を実施した。
3. 海岸侵食
の実態と影響 1)Thuan An湖口西岸での集落の移転
1999年の大洪水後に、湖口の北西側砂丘の前面と砂州先端部分で急速な
海岸侵食
が進み、これまでにそれぞれ54世帯、134世帯が移転した。この急激な侵食は2004年末頃までには落ち着いたが、2007~09年に湖口北西側海岸に2本の突堤が建設されると、その東側砂州部分が急速に侵食され始め、砂州先端部分に残っている集落57世帯は、緊急に移転する必要に迫られている。
2)リゾートの砂浜の縮小・消滅
Thuan An 湖口の東側約4kmにあるHoa Duan地区では、先の大洪水時に砂州が決壊し、その後の侵食によって69世帯が移転した。2001年に決壊箇所が閉め切られたが、砂浜の侵食は継続している。この地区はフエ市街地から最も近いビーチリゾートで、フエの人々や観光客にとって貴重な砂浜である。現在海の家と波打ち際との間には比高数mの浜崖ができており、ここに隣接して、2010年12月に開かれた高級リゾート施設の前面の砂浜は急速に縮小し、現在敷地の一部まで侵食が及んで危険な状況である。
3)砂丘下から発見されたチャム古塔の危機
ラグーンと外洋を隔てる標高約10mの海岸砂丘の下から、8世紀中頃と推定されるチャンパ王国時代の古い塔が、2001年4月に発見された。ベトナムに現存するチャムの塔としては、最古でかつ最も北に位置する重要な遺跡である。この付近の海岸線は過去50年ほどの間に、50m~最大約100m後退している。遺跡は再び砂に埋もれないように周囲をすり鉢状の防護壁で守られているが、海岸の侵食崖上端と防護壁との距離は、最も狭いところで36mしかない。また塔の基壇の標高は1.8mで、今後遺跡周辺の地下水位が上昇すると、塔の崩壊も懸念される。
4)砂丘下の地下水の塩水化
ラグーン南東部Vinh An地区の海岸砂丘上では、2003年以降大規模な集約的エビ養殖が始まった。現在、一辺50~70m四方の養殖池が80、合計42ha拡がっている。養殖では、砂丘地下10~15mからの地下水(淡水)と海水を取水して使っているが、2010年に最も海岸寄りにある井戸の地下水の塩分濃度が5~10‰に上昇し、それ以降使用できなくなった。この付近の海岸線は、過去約40年間に40m~最大約100m後退しており、砂丘下に存在する淡水レンズが縮小している可能性がある。
4. 対応策についての考察 研究対象地域では、今後の地球温暖化による海面上昇などによって、さらに
海岸侵食
が進むことが予想される。また、気候変動の影響によって、再び1999年のような大洪水発生の可能性もある。 ラグーンの湖口周辺数kmの範囲は、洪水や
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によって過去に海岸線が大きく変動してきた。その様な不安定な場所では、ハードな土木工事で
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を防ぐのは困難である。1999年の大洪水後の対応として、被災住民を近接する湖岸に緊急的に避難させているが、今後は、将来の
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や洪水で被害を受けると予測される地区の住民を、移転先の土地条件を整備した上で計画的に移住(撤退)させることが肝要と考える。 湖口から離れた海岸でも、過去数十年間継続的に海岸線が後退している。現在、海岸線から200m以内は居住禁止であるが、リゾート開発やエビ養殖事業においても、長期的な将来の地形変化を予測し、観光資源である砂浜や養殖に不可欠な地下水への、
海岸侵食
の影響評価を的確に行う必要がある。場合によっては、海岸地帯の重要な遺跡の移転や、地下水の利用に頼らない養殖、また現在地下水を利用している地区での水道整備なども検討しなければならない。
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