日本食品科学工学会大会講演要旨集
Online ISSN : 2759-3843
第72回 (2025)
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シンポジウムA3: 発酵醸造文化の未来 ― 伝統的酒造りのユネスコ無形文化遺産登録と次世代への継承
麹菌の研究開発の進展と未来への期待
*丸山 潤一
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p. 19-

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抄録

【講演者の紹介】氏名(ふりがな):丸山 潤一(まるやま じゅんいち)

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻・教授

略歴:1996年東京大学農学部農芸化学科卒業,2001年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了,博士(農学)学位取得.2001年より東京大学大学院農学生命科学研究科研究員,2006年助教,この間2010年ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン客員研究員.2016年より東京大学農学生命科学研究科特任准教授,2021年特任教授,2025年より教授.

 麹菌は日本の伝統的醸造産業に使用されている微生物であり,2024年にユネスコ無形文化遺産に登録された『伝統的酒造り』においてその重要性が再認識された.また,麹菌は酵素をはじめ異種生物に由来するタンパク質や天然物の生産にも利用され,最近は麹菌の菌体そのものを食用とするタンパク質源としても注目されている.

 麹菌を対象とする研究は,2005年に初めて全ゲノム配列が解読され,12,000を超える遺伝子の存在が明らかになったのを機に大きく進展した.高効率な遺伝子操作を可能にする技術が開発されたことにより,多くの遺伝子を対象とした機能解析とともに機能開発研究が盛んに行われてきた.その一例ではあるが,演者らは麹菌の細胞内オルガネラにおける遺伝子の機能解析を進めたなかで,ビタミンの一種であるビオチンの生合成にペルオキシソームが関与することを世界で初めて発見した.その発見がきっかけとなり,麹菌が生産するビタミンが重要な役割をもつ甘酒の開発を着想し,お酒の神様と称される坂口謹一郎名誉教授が戦中までに収集した麹菌株を使用した甘酒「博士の昔こうじ甘酒」として発売した.

 一方,先に述べたような麹菌の遺伝子操作は,最初に全ゲノム配列が解読された株であり,醸造には用いられていない野生株であるRIB40株で集中的に行われてきた.実際,麹菌には日本酒・醤油・味噌などそれぞれの用途に適した多種多様な実用株が存在し,これら実用株に対する遺伝子操作は極めて効率が低く困難であった.演者らはゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムを利用し,麹菌実用株における遺伝子操作の効率を飛躍的に向上したのみならず,多重遺伝子改変も可能にした.そして,麹菌の代謝の大規模改変により代謝生産能力の大幅な向上に成功したことから,ゲノム編集による多重遺伝子改変技術が麹菌の潜在能力を大きく引き出す機能開発に有効であることを示した.

 近年は次世代シーケンス技術の発展にともない,多数の麹菌実用株のゲノム配列の解読が報告されてきている.このような情報を比較すると麹菌の株どうしの遺伝子の違いを見いだすことができるが,それだけでなくゲノム編集技術を利用した遺伝子操作により,それぞれの用途に特化してきた麹菌実用株の多様な特性と遺伝子機能の関係を解明することが可能になっている.さらには,産業的に優れた性質をもつ実用株を対象にして効率的で自在な遺伝子改変を行うことで,真の意味での産業利用を志向した麹菌の育種開発が可能になると期待される.

 麹菌について我が国の醸造産業で長年にわたり利用され続けてきた背景に加えて,新しい分野への利用展開,さらには海外での麹菌活用の関心が高まりつつある.そして,伝統的知識と先端技術の融合により麹菌のもつ能力が最大限に引き出されることで,新たな食産業・食文化が創造されていくことが期待される.

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