【講演者の紹介】
坂井信之(さかいのぶゆき):東北大学大学院文学研究科心理学研究室教授,総合知インフォマティクス研究センターセンター長
略歴:1998年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了,日本学術振興会特別研究員(広島修道大学),科学技術振興事業団科学技術特別研究員(産業技術総合研究所),神戸松蔭女子学院短期大学・大学・大学院などを経て,2011年10月より東北大学大学院文学研究科准教授,2017年4月より同教授
我々は食品を食べているときに生じる感覚を「味」と呼ぶ.この「味」は味覚に帰属されやすいが,それは間違いであることにはあまり気づかれない.例えばコロナ禍の折に,上気道感染等で匂いの感覚が失われた時に,食品が味気なく感じられた経験を通じて,実感できたという方もおられるかもしれない.一方,味覚の場合には仮に失われても,あまり大きな「味」の変化は感じられないことが多い. 今回のシンポジウムでは,この現象について,どのような形で嗅覚と味覚が統合され,どのような形で食品の味が形成されるかについて,動物モデルとヒトの官能評価の2つの視点から議論する.
我々は,ラットが嗅覚刺激と味覚刺激の1〜5回の対提示により,容易に連合を形成し,例えば甘味と対提示された匂いのする水を好み,苦味と対提示された匂いのする水を嫌うことを見出した(Sakai and Yamamoto, 2001).次に,ラットに高濃度食塩水と匂いを対提示すると,ラットはその匂いのする水を避けるが,食塩欠乏状態になったときには,その匂いのする水を摂取するようになることを見い出した(Sakai and Imada, 2003).この結果は,ラットが匂いと塩味の間に連合を形成している,擬人的に表現すれば,「この匂いはしょっぱい」ということを学習できることを示唆している.
ヒトにおいても同様に,香りと味を容易に連合することができ,甘味と対提示された香りは「甘く」感じられるし,酸味と対提示された香りは「酸っぱく」感じられることが報告されている(Stevenson et al., 1998).多くの先行研究などから,バニラやイチゴのような「甘い香り」は甘味を,レモンやグレープフルーツのような「酸っぱい香り」は酸味をそれぞれ増強させることが見出されている.我々は「甘い香り」を後鼻腔的(retronasally)に提示した時だけでなく,前鼻腔的(orthonasally)に提示した時も,同様に甘味を増強させることができることを報告した(Sakai et al., 2001).この結果は,我々の脳内で嗅覚情報と味覚情報が一次感覚野間で連合されていることを示唆する.この示唆は,ラットでは一次味覚野を破壊された動物は上記の味覚嗅覚連合を獲得できなくなること(Sakai and Yamamoto, 2001, Sakai and Imada, 2003)からも支持された.
その後の研究から,ヒトで醤油の香りは,MSGと同様に塩味を増強させることができるが,MSGが末梢的に塩味を増強させるのに対して,醤油の香りは中枢的に塩味を増強させることを明らかにした(Onuma et al., 2018).この結果から,香りを使った味覚増強(あるいは抑制)は,生後の食経験による影響を強く受けること,すなわち文化的に規定されることが示唆される.
一方で,ラットを使った研究から,ラットは味覚と嗅覚の間に質的連合を形成することも可能ではあるが,専ら情動的連合が優勢であることも示唆された(Onuma and Sakai, 2016).
味覚と嗅覚の連合は,食品の味において現象論的に非常に重要であるが,そのメカニズムについてはまだよくわかっていないことも多い.また,経験に強く依存するため,ヒトにおける応用可能性についても制限がある.今回これらについてディスカッションしてみたい.