抄録
<要旨>親鸞と聖徳太子信仰の関係について考察する。親鸞思想において聖徳太子信仰がもつ意味を考える際に、親鸞思想と聖徳太子信仰の両者の関係に整合性がとれないように見えることがある。それについて主として「善」の問題と、それに関係する聖徳太子像の浄土真宗寺院でのあり方の関係について考える。その場合に「善」の内容が儒教的なものか仏教的なものか、世間的なものか出世間的なものかを考える必要がある。聖徳太子が儒教と仏教、世間的な面と出世間的な面の両面をもち、親鸞が注目する仏教的な面では聖徳太子信仰と親鸞思想との間で整合性はとりやすいが、儒教的徳目に傾斜してくると整合性はとりにくくなる。また浄土真宗寺院の聖徳太子像は「孝養像」と言われるもので、それは本来親鸞が勧めた聖徳太子の像ではなく、真宗教団として期待された役目を果たしてきた像であると言えるだろう。そうなると親鸞思想との整合性はさらにとりにくくなり、教団としての聖徳太子信仰を表すものになるだろう。