抄録
Ⅰ 研究目的熱帯泥炭地における二酸化炭素の貯留と放出については,地球温暖化問題と絡んで国際的に注目されている.熱帯泥炭の発達過程や化学的性質,火災や開発に伴う消失に関しては,アジア・オセアニア地域において最大の泥炭地を有するインドネシア(約1,800万ha)を主な対象として調査・研究が進められてきた.一方,隣国のパプアニューギニアの泥炭地については十分な検討がされておらず,面積については50万~290万haという広いレンジで捉えられている.同国における主な泥炭地は,北部のセピック川と南部のフライ川流域の低地に分布する.特にセピック川低地には広大な泥炭地が分布するとされるが,その堆積状況を報告した事例は少ない.本報告では,パプアニューギニアにおける泥炭地の面積や二酸化炭素貯留量の算出の一助となることを期待して,その根拠となる泥炭の分布状況や層厚,14C年代,化学的性質について,地点的ではあるが基礎データとして提示したい.また,熱帯泥炭卓越地域における人々の居住の特徴についても若干の言及を試みる.Ⅱ 調査対象地域 パプアニューギニア北部の構造盆地を流れるセピック川は77,700㎞2に及ぶ広大な集水域を有する.中央高地から流れ込む支流を集めながら西から東へと流れるセピック川はビスマーク海へ注ぐ.構造盆地は沖積層によって充填されており,その南側にそびえる中央高地のうち,セピック川の支流群が貫流する地域は,主に中新世以前の硬砂岩,シルト岩,礫岩,火山岩などによって構成される. 今回,地質調査を実施したのはセピック川の河口から南西へ約150㎞上流に位置するブラックウォーター南岸のクラインビット村(標高18から22m)である.セピック川流域では雨量の変化に応じて数mの水位変動が生じるため,ブラックウォーターの面積も変化するが,最大で東西約8㎞,南北約7㎞の湖である.湖にはセピック川の堆積作用によって生じた鳥趾状微高地が所々に発達している.また,湖の周辺にはサゴヤシ林が広がる.Ⅲ 泥炭の堆積状況と14C年代 ブラックウォーター南岸において,ハンドコアラーを用いた掘削調査を7地点(北西―南東軸,10から50m間隔)で実施し,1から4.5m長の浅層地質データを得た.いずれの地点においても炭化した表層の下位には3から4mの暗茶褐色を呈する泥炭層が堆積しており,所々にサゴヤシとみられる樹木遺体が認められた.また,それらのうちの湖岸に近い4地点では地表面下約3.5mより下位で青灰色のシルトおよび細粒砂の堆積が確認された. コアの下部でシルトおよび細粒砂が認められた掘削地点のうち,2地点において泥炭の最下部の14C年代を測定したところ,3,290 yrs BP・3,390 yrs BPとほぼ同様の値を得た.また,その上位約1.5mで採取した樹木遺体からは2,730 yrs BPの値が得られた.Ⅳ 泥炭層の化学的性質の垂直的変化 掘削調査を実施した7地点のうち,KB1地点(4°32' 19.37" S, 143°22' 51.06" E)で採取した4m長のコア(G.L.-4.00から-3.58mはシルト,G.L.-3.58から0.00mは泥炭)から10cm間隔で試料を採取して,以下の分析を実施した.ここでは泥炭層の分析結果に限って記載する.1)CN比:最下部と最上部のそれぞれ約0.5mは13から25,その間は40前後で推移したが,G.L.-2.95で78という突出した値を得た.2)pH:3.85から4.93の酸性で推移し,顕著な垂直的な変化は認められなかった.3)交換性陽イオン:Naは下部のG.L.-3.55から-3.15mで79.4から119.5mg/kg,それ以浅では徐々に値が低くなり,G.L.-0.65から0.05mでは6.1から17.7 mg/kgで推移した.また,CaとMgの挙動は類似しており,G.L.-3.55から0.55mではCaは1.39から6.44 g/kg,Mgは0.18から0.99g/kgで推移したが,それ以浅においてはCaが0.38から1.27g/kg,Mgが0.03から0.06 g/kgと共に相対的に低い値を示した.一方,KはG.L.-3.55から-0.55mで15.2から61.5mg/kgで推移したが,-0.45から0.55mでは76.1から119.3mg/kgで相対的に高い値を示した. Ⅴ 熱帯泥炭の卓越地域における居住ブラックウォーター沿岸は全て泥炭からなるのではなく,河川によって運搬された土砂が堆積する地域も存在する.しかし,クラインビット村において宅地が集中するのは泥炭地である.先のような化学的性質を有する泥炭地ではサゴヤシは生育するが,他の農作物を育てることができない.村人の多くは湖の沿岸にブッシュキャンプを有しており,土壌化した堆積物の発達する地域において農作物の栽培を行なっている.