抄録
【はじめに、目的】 不動や麻痺が生じた関節では、軟骨細胞数や軟骨基質の減少、菲薄化といった退行性変化が生じる。一方、関節への機械的負荷の蓄積もまた軟骨を変性させ、変形性関節症 (以下:OA)を誘導すると考えられている。そのため、関節軟骨の維持には適度な機械的刺激が重要であることが示唆される。関節への機械的刺激を制御する因子の一つに下肢筋力がある。膝伸展筋力の低下は、単に動作能力に悪影響を与えるだけでなく、膝OAの発症・進行に関与することが示唆されている。原因として、膝伸展筋力低下による膝関節安定性低下や、歩行時の床反力に対する衝撃緩衝能低下により、膝関節への機械的刺激が増加することが予想される。膝関節と同様、足関節も床反力に対する衝撃緩衝機能を持つ。特に底屈筋は、膝関節屈伸時の回旋運動にも作用することから、足底屈筋力低下は膝関節の力学的負荷を増大させ、膝関節を不安定化させると推測される。しかし、足関節筋力が関節軟骨に及ぼす影響については不明である。そこで今回、1) 低強度の走行運動が関節軟骨の代謝に及ぼす影響、2) 足関節底屈筋力が低下した状態での走行運動が関節軟骨代謝に与える影響について、血清軟骨代謝マーカーを測定して調査した。【方法】 13週齢雄性Wistar rat (合計35匹) を使用した。ラットを無処置群、走行1、3、6週群、BTX+走行1、3、6週群(各群5匹) に分けた。走行は、12 m/minの速度で合計60分のトレッドミル走行を5日/週行った。BTX+走行群のラットには、右腓腹筋に体重2 U/kgのbotulinum toxin type A (BTX) を注射し、足関節底屈筋力を低下させた。注射後3日より、走行群と同様の条件で走行を行った。走行後に大腿直筋と腓腹筋を採取し、筋湿重量を測定した。血液も同時に採取し、type II collagen分解の指標であるtype II collagen cleavage (CIIC)、type II collagen合成の指標であるtype II collagen C-propeptide (CPII)、軟骨基質の主要な成分であるアグリカンの合成の指標であるaggrecan chondroitin sulfate 846 epitope (CS846) の血清中濃度をELISA法にて測定した。統計処理にはDr SPSS for Windowsを使用し、一元配置及び二元配置分散分析と多重比較を用いて検定した。統計学的有意水準は全て5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、広島国際大学動物実験委員会の承認を得て行った。【結果】 腓腹筋の筋湿重量/体重(重量比)は、BTX+走行1、3、6週群で対照群に対しそれぞれ90、61、43%といずれも有意に減少した。大腿直筋重量比は、走行3、6週群で対照群に対し、それぞれ113および110% と有意に増加したが、BTX+走行群ではいずれも有意差は認められなかった。対照群と走行1、3、6週群、および対照群とBTX+走行1、3、6週群における一元配置分散分析では、CIIC、CPII、CS846濃度にいずれも有意差は認められなかった。Type II collagenの合成/分解比を示すCPII/CIIC比は、走行群では走行距離依存的に増加し、走行6週群で対照群の150%と増加を示した(P < 0.05)。BTX+走行群では、走行1週で対照群の148%と増加傾向がみられたが (P = 0.059)、その後は135% (3週)、107% (6週) に減少した。二元配置分散分析による走行群とBTX群との比較では、CIIC、CPII/CIIC比で走行期間とBTXの有無による有意な交互作用 (相殺効果) が認められ、その後の多重比較で走行6週においてBTXの有無の単純主効果が有意であった。【考察】 走行運動を行ったにも関わらず、BTX投与6週後においても腓腹筋重量比は有意な減少を示したことから、筋力低下が全実験期間中に生じていたことが推測された。血清軟骨代謝マーカーの結果から、低強度の走行運動は軟骨基質の合成を促進させることが示唆された。一方、底屈筋力低下が生じたラットでは、走行に伴う軟骨合成を一過性に促進させるものの、その後は促進効果が減退した。これは、底屈筋力低下により歩容が変化し、走行時の床反力の緩衝作用が減少したことで、足・膝関節に懸かるメカニカルストレスが過剰となり、足、膝関節の軟骨代謝が異化に傾いた結果と考えられた。足関節底屈筋力低下は走行運動による軟骨同化作用を抑制することから、歩行や走行運動を行う際には、足関節筋力強化や歩容改善を行う必要がある。【理学療法学研究としての意義】 継続的な歩行や走行運動は軟骨分解を抑制させるため、軟骨保護作用の可能性がある一方、下肢筋力が低下した患者では長期的には効果は期待できない。本研究は、関節軟骨保護を目的とした運動療法の治療プログラム開発に有用なデータとなる。