抄録
【はじめに、目的】 バランス能力の低下は動作遂行の妨げになるばかりでなく,転倒を引き起こす可能性も高める.そのため,バランス能力の評価は理学療法士にとって介入手段を検討する上で重要な検査項目の一つである.臨床でバランス能力の評価を行う際には,安全に行えること,道具を用いず簡便に行えること,短時間で実施可能であることなどが求められる.現在使用されているバランス能力評価指標は信頼性や妥当性を示す報告はあるものの,実際の使用にあたっては種々の問題点が指摘されており,より臨床の場で利用しやすく,実用性のあるバランス能力の評価指標を開発する余地が残されているといわれている.近年,鈴木らによって開発された,静的バランステスト(static balance test, SBT)は5つの姿勢保持課題(端座位,開脚立位,閉脚立位,非麻痺側片脚立位,麻痺側片脚立位)を下位項目として構成されており,簡便で,安全性にも配慮できる評価指標と考えられる.そこで,本研究の目的は,SBTと国内外で広く使用されており,動的バランスを含む包括的なバランス評価であるBerg Balance Scale(以下BBS)との関係性を検証し,SBTの特徴や有用性について検討することとした.【方法】 対象は,当センターに入院している脳卒中患者57名(70.2±10.1歳,男性30名,女性27名)とした.測定に支障となる認知機能障害を有する者は除外した.評価項目は,SBT,BBSとした.SBTの測定の検者は,判定基準を十分に理解した当センターの理学療法士18名とした.測定は端座位,開脚立位,閉脚立位,非麻痺側片脚立位,麻痺側片脚立位の順で,4段階の順序尺度(グレード1から4)に基づいて達成状況を判定し,最低5点,最高20点満点で採点した.なお,測定回数は練習を行わせず,各姿勢保持課題についてグレードごとに実施される1回のみとした.BBSの測定も同一の検者で行い,測定は練習を行わせず,1回のみとした.補装具を使用している対象者は,測定中は補装具を用いずに測定を行った.統計処理は,SBT,BBSそれぞれの平均値,標準偏差を求めた.また,SBTの合計点とBBSの点数との関係性の検討にはスピアマンの順位相関を用いた.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 研究参加にあたり,全症例に対し書面にて主旨内容を説明し,同意を得たうえで測定を行った.【結果】 SBT合計点は13.7±4.2点,BBS合計点は40.2±18.0点であった.SBT合計点とBBS合計点との相関係数はr=0.896と有意に高い相関を示した(p<0.001).なお,BBSが満点の者は14名,そのうちSBTが満点ではなかったものは7名であった.一方、SBTが満点の者は7名,そのうちBBSが満点ではなかった者はいなかった.【考察】 SBTとBBSの相関係数はr=0.896と有意に高い相関を示した.このことから,静的バランスのみを評価するSBTからでも動的バランス能力について十分に予測が可能であることが示唆された.BBSについては天井効果が生じる可能性があることが問題点とされている.今回の結果から,BBSで満点の者は14名おり,そのうち7名はSBTで満点を取ることができなかった.このことから、SBTはBBSよりも天井効果が生じにくいことが考えられ,BBSよりも幅広く対象者のバランス能力を評価できる可能性が示唆された.また,SBTは静的な姿勢保持課題から構成されており,対象者は支持基底面内に体重心の床面への投影点をとどめることのみしか行わず,検者は転倒のリスクに対して十分に配慮することができる.さらに,広い場所を必要とせず,ストップウォッチ以外に特別な機器は必要がないため,訓練室以外にもベッドサイドや在宅においても実施可能である.これらのことから,SBTは臨床において利用しやすいバランス評価指標であると考えられる.【理学療法学研究としての意義】 SBTは静的姿勢保持課題のみで構成されているが,動的バランス能力も推測が可能であり,臨床上,利用していくことの有用性や妥当性が示された.さらに,SBTは簡便で,安全性にも配慮しながら実施が可能であり,現在用いられているバランス評価指標の問題点のいくつかを解消した新たな評価指標と考えられる.