抄録
【はじめに】 国際疼痛学会は,痛みを「組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか,このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験」と定義しており,近年では,痛みと心理的側面,生活機能やQOLとの関係が報告されており,痛みの予後予測として破局的思考が着目されている.そこで今回,腰部疾患患者に対して痛みと心理的側面に着目し,当院にて調査を行い若干の知見を得たので報告する.【方法】 当院外来通院中の腰部疾患患者32名(男性:4名,女性:28名 平均年齢:61.7歳)に対して記述式のアンケートを実施した.疾患内訳は,(腰痛症14名,変形性腰椎症7名,腰椎捻挫4名,腰部脊柱管狭窄症3名,腰部脊柱管狭窄症2名)調査内容は,日整会腰痛評価質問票(以下,JOABPEQ),Visual Analog Scale(以下,VAS),Pain Catastrophizing Scale(以下PCS) ,日本語版State-Trait Anxiety Inventory(以下STAI) の4つとした. JOABPEQは, 身体機能面の評価だけでなく,社会的・心理的側面についても評価可能となっており,疼痛関連障害,腰椎機能障害,歩行機能障害,社会生活障害および心理的障害の5つの因子からなる.各因子ごとに重症度を100点満点で表し,値が大きいほど良好であることを示す.PCSはSullivanらによって作成された原版を,松岡らが日本語版に翻訳したものを使用した.PCSは痛みに対する破局的思考を測定する尺度で,13項目の質問形式からなり,そこから更に「反すう」「拡大視」「無力感」の3つの下位尺度に分類される.「反すう」「拡大視」「無力感」はそれぞれ,痛みについて繰り返し考える傾向,痛み感覚の脅威性,痛みに関する無力感の程度を反映するとされる.不安の評価として用いたSTAIは,「今どのように感じているか」という状態不安と、「普段どのように感じているか」という特性不安の2つが評価可能である。本研究では回答が得られた32名のうち,内容の不備等を除き,最終的に28名の結果を用いて統計解析を行った.統計方法はspearmanの相関分析を用いた.【説明と同意】 対象者にはその趣旨を十分に説明した上で同意を得た.また,本研究は当院の倫理委員会による承認を得た上で実施した.【結果】 PCSとVASに正の相関関係が認められた(r=0.685,p<0.01).VASと「疼痛関連障害」「腰椎機能障害」「歩行機能障害」 「心理的障害」に負の相関関係が認められた(r=-0.552~-0.672,p<0.01).PCSと「歩行機能障害」「社会生活障害」「心理的障害」に 負の相関関係が認められた(r=-0.525~-0.803,p<0.01).VASと状態不安・特性不安に有意な相関関係は認められなかった( r=0.153~0.231,p<0.01).PCSと状態不安に正の相関関係が認められた(r=0.651,p<0.01).【考察】 本研究結果から,主観的な痛みの訴えが強いほど破局的思考も強くなる傾向が示唆された.また,JOABPEQの4つの因子に関しては有意な相関関係が認められたが,仕事が妨げられた,普段の生活ができない,などの質問項目がある「社会生活障害」に関してはVASとの相関関係は認めらなかった.ただし,PCSとは有意な相関関係が認められた.これらより,強い痛みを抱えている患者であっても,何らかの形で社会生活は行えているが,破局的思考が強い患者では,社会生活に弊害を感じていることが示唆された.さらに,主観的な痛みの程度と不安尺度に優位な相関関係は得られなかったが,破局的思考が強い患者では,今現在の心理的因子を表す状態不安と相関関係が得られた.つまり,破局的思考の強い患者では,一時的な不安を抱いている可能性が示唆された.ただし,本研究では,各因子の関係性が示唆されたのみであり,病態により生じた痛みが心理因子を強めるのか,あるいはもともとの心理因子が痛みを強めるのかは定かではない.しかし,患者が訴える痛みを,部位や程度だけの評価に留まらず,その背景にある社会的弊害や心理面への影響,また痛みを助長している一因子として考慮しなければならない可能性を示唆するものとなった.今後の課題として,術前・術後の心理面の変化と,痛みの変化を継続的に調査していくことで,より詳細に各因子の関係性を示し,痛みの予後予測として活用可能になるものと考える.【理学療法学研究としての意義】 これまで,腰痛に対する治療戦略は,身体機能へのアプローチが焦点を当てられてきたが,本研究では,腰部疾患患者が抱える痛みと心理因子の関係性が示唆された.痛みの程度は身体機能のみで決定されるものではなく,その背景に付随する痛みを助長する因子にも目を向けていく必要性を示すことができた.