抄録
【はじめに、目的】 同種造血幹細胞移植では移植後の感染予防対策として,無菌室管理が約3〜4週程度続き,その間患者は閉鎖環境での生活を余儀なくされる.また移植前の前処置(超大量化学療法や全身放射線照射)に伴う副作用や,移植後の感染症や移植片対宿主病(GVHD)などの合併症により,全身倦怠感や精神心理的症状を有することが多い.このような状況の中,患者は臥床傾向が強くなり身体活動量が減少することで,廃用症候群を引き起こしてしまう.これらの症状の予防・改善に対して,近年では運動療法が注目されるようになり,当院でも移植前から継続した理学療法介入を行っている.特に移植後早期の無菌室管理期中の運動療法を積極的に行っており,床上での運動に限らず,毎日継続して歩くように促すことで身体活動量が維持できるように介入している.これまでにも造血幹細胞移植期の運動療法の有用性に関しては報告されているが,移植後早期の無菌室管理期間中の積極的な介入が移植後のアウトカムにどのような影響を及ぼすかは明らかではない.そこで今回我々は,同種造血幹細胞移植期における全身持久力に,移植後早期の運動療法の実施率が関係しているかどうかを調査することとした.【方法】 当院にて同種造血幹細胞移植を施行し,移植前および移植後50日時点の評価が可能であった患者10名(男性7名,女性3名,年齢49.5±16.2歳)を対象とした.重篤な副作用や合併症等で理学療法介入が中止となったもの,データが欠損しているものは除外した.対象者の基礎情報として,年齢,原疾患,移植種類,前処置種類,移植から生着までの日数,発熱(38度以上)日数,副作用および合併症を診療記録より収集した.移植前と移植後50日時点で身体機能として握力,膝伸展筋力,6分間歩行距離を測定した.またBrief Fatigue Inventoryを用いて移植前の全身倦怠感をスコア化した.運動療法の実施率に関しては,時期を無菌室管理期間中と退室後に分け、各時期における筋力トレーニングと有酸素運動(廊下歩行や自転車エルゴメトリー)の実施率を算出した.本研究では,全身持久力の指標として有用な6分間歩行距離の移植前比が100%以上のものを維持群,100%未満のものを低下群と定義して群分けを行った.この2群間で運動療法の各実施率や基礎情報,移植前の身体機能および倦怠感に関して比較した.2群間の各項目の比較にはMann-Whitneyの検定を用い,有意水準を5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には口頭および文章にて本研究に対するインフォームド・コンセントを行い,同意を得ている.本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,京都大学医学部医の倫理委員会の承認を得ている.【結果】 対象者は維持群4名,低下群6名に群分けされた.運動療法の実施率を2群間で比較した結果,無菌室管理期間中における筋力トレーニング実施率は維持群73.9% ,低下群100%であり,両群間で有意差は認めなかったが,有酸素運動実施率は維持群90.0% ,低下群18.7%であり,維持群が低下群に比べて有意に高かった.無菌室退室後に関しては,筋力トレーニング実施率は維持群93.5%,低下群97.5%,有酸素運動実施率は維持群96.5%,低下群85.7%であり,それぞれ両群間で有意差は認めなかった.また,基礎情報や移植前の身体機能および全身倦怠感スコアには有意差は認められなかったが,低下群において移植前の倦怠感が強い傾向にあり(p=0.054),移植後の発熱や下痢症状が多かった.【考察】 本研究の結果から,移植後50日時点で移植前の6分間歩行距離が維持できた患者は,無菌室管理期間中に歩行等の全身運動を積極的に実施していたことが明らかとなった.低下群では移植前の全身倦怠感が強い傾向であったこと,さらに移植後に発熱した日数や下痢の症状が多かったことにより無菌室管理期間の有酸素運動の実施率が低い値を示したと考えられた.今回は症例数が少なく,統計解析の検定力が十分でない点は本研究の限界である.今後は症例数を増やすことでより詳細な因果関係を明らかにしていく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 無菌室管理期間中からの継続的かつ積極的な運動療法の実施が移植後の経過にどのような影響を及ぼすかを明らかにしていくことは,造血幹細胞移植期のリハビリテーションのエビデンスを確立していくために重要である.本研究の結果は,このような動きに向けた第一歩として意義深い研究であると考える.